イルカが仕事を終え、さぁ帰ろうとアカデミーの門をくぐると、門の側に立つ人影が目に入った。
その影は門に寄りかかったまま、うたた寝をしている。きっと待っているうちに任務の疲れが出て、眠気に負けてしまったのだろう。
輝くまでの金色の髪がゆらゆらと揺れていて、イルカは思わず笑みを漏らした。
「ナルト」
声をかけるとぱちりと目を覚ました。
「イルカ先生!」
「元気そうだな」
「俺はいつだって元気だってばよ」
と言った途端、ナルトの腹の虫が鳴った。
「なんだ。久々に逢いに来たかと思えば、一楽おごって欲しかったのか?」
イルカは可笑しそうに笑う。
「ち、違うよっ。……今日は、なんていうかその、ただなんとなくイルカ先生に逢いたかっただけだよ」
最後の方は消えそうなくらい小さな呟きになる。が、忍びであるイルカに聞こえないわけがなかった。
本当は、今日は特別だからと言えばいい。
アカデミーに居た頃にはそう言っていたはずだ。けれど、九尾の事件を聞いてからは自分の誕生日について触れなくなっていた。
素直に言い出せずにいるナルトの心情を思うと、イルカは胸が詰まった。
「うん、そうだな。俺も今日はなんとなくナルトに逢いたいなぁと思ってたよ」
実際ナルトがここで待っていなければ、家まで訪ねていくつもりだった。
「ほんと?」
俯いていたナルトがぱっと顔を輝かせる。
「じゃあさ。やっぱり一楽行かねぇ?」
との台詞にイルカは破顔した。
「へい、いらっしゃい」
いつもと変わらない出迎えを受け、二人はカウンター席に座った。
「味噌チャーシュー大盛り!」
「俺も味噌を」
「俺は塩ね」
「はいよ!」
店主は明るく請け負うが、店に入った時よりも一人多かった。
「げ。カカシ先生、いつのまに来たんだってばよ!」
「気配が読めないなんてお前もまだまだだ〜ね」
「そういう時は一声かけるもんだろっ」
カカシはナルトの抗議を気にもせず、隣の席に座り込む。
最近はどうしてるだの修行はどこまでできているだのという話をしているうちにラーメンが出来上がってきた。
「「「いっただっきまーす!」」」
三人とも合掌するやいなや、割り箸を割って麺を啜り始める。
「なーんか親子みたいだね、あんたたち」
店主のテウチがカウンター越しにそう言うと、ナルトが食べながらくすぐったそうに笑った。
比較的ゆっくりと食べていたが、しょせんはラーメン。それほど食べるのに時間が掛かるものではない。ほどなく食べきってしまう。
「おやっさん、おあいそ」
「しめて240両だよ」
明朗な答えに、ナルトは自分の分を出そうと蝦蟇口の財布を取り出した。
が、そこからお金を出すところまでいかなかった。なぜなら同行者の二人が揉めだしたからだ。
「ぜんぶ俺が払いますよ」
「いや、ここは俺が」
「イルカ先生はいつも奢ってやってるんでしょ。今日は俺が払いますって」
どうやら誰がナルトの分を払うか、で揉めているらしい。
「あのー、俺自分で払うってばよ」
「「お前は黙ってなさい」」
ナルトの言葉も聞こうとしない二人では、それこそどちらが本日の支払いをするかなど決まりそうにない。しかし、そこへ店主の鶴の一声が。
「そんなに払いたいなら、半分ずつ払ったらどうだい。一人120両」
「なるほど」
二人もようやく納得し、その提案に従ったのだった。
店を出ると、ナルトは家へ帰ると言う。
イルカが家に寄っていかないか、と誘うが首を横に振るばかりだ。
「あのさ」
「うん?」
「本当にただ逢いたくなっただけなんだってばよ」
祝ってもらいたいわけでもなんでもなく、特別な日に少しの時間を一緒に居るだけでも満足だとナルトは言外に言っているのだ。
逢いたいと思う人が居て、その人に逢える幸せ。
何にも代え難いものだ。
「そうか。でもこれだけは言っておくな」
イルカとカカシがナルトを挟むようにして向かい合う。
「お前が生まれてきてくれて嬉しいよ」
「誕生日おめでとう、ナルト」
二人の手が、ナルトの頭を撫でると離れていった。
「う…ん。ありがと……」
俯くナルトの声は掠れていた。
「へへへ。じゃあ、俺帰るわ。先生たちも元気でな。あんまりラーメン食べすぎるとメタボまっしぐらだぜ。気ぃつけろってばよ!」
照れ隠しなのか憎まれ口を叩いて、駆け出していった。
取り残された二人はその場に佇んでいる。
「あ〜、とりあえずあれで喜んでくれたみたいですねぇ」
「そうですね。よかった」
「一年分のラーメン券はどうします?」
「そういう副賞は明日でもいいでしょう」
「まあ、そうかもね」
明日また逢える幸せ。
喜ぶ回数は多ければ多いほどいい、というのが世の習いであることだし。
いろいろな幸せというものを味わうといいだろう、あの子供は。
そう願うイルカとカカシだった。