時間を掛けた術が跳ね返され、ふいをつかれて敵に喉を絞められたまま地面に押し倒された。
失敗したと思ったが、なんとかクナイを取り出して攻撃する。クナイの鋭い切っ先が敵の喉に食い込み、動脈を切り裂く。
俺が術専門と勘違いしていたようで、油断していた敵はあっけないほど簡単に絶命した。
血を撒き散らしながら倒れていく敵を退かし、立ち上がる。そして、血濡れたクナイを見つめた。
最近ランクの高い任務に出ようとすると、イルカはいつも玄関で呼び止める。別れを惜しむとかそういうことではない。
「カカシさん。これ、持って行ってください」
渡されたのはクナイ。
研ぎ澄まされた刃は、触れるだけで切れそうなくらい鈍く輝いている。丹念に手入れされているのは一目見てわかった。
俺が人を殺すのをあの人は知ってる。
このクナイが、任務であれば小さな子供の命だって奪うであろうことも。どんな多くの命を奪う可能性だってあることを。
それでもクナイを研ぐ。心を込めて完璧に。
それだけ俺が生きることを願ってくれていると思っていいの?
湧いてくる疑問を口に出せぬままクナイを受け取ると、恋人は少しだけ緊張した表情を緩めた。
きっと鋭い観察力を持つ恋人は、一目見ただけでこのクナイを使ったとわかるだろうと思った。そして何も言わず、俺が見ていないところで丹念に研いでいくのだ。それ故に、たとえばれるとわかっていても血濡れたまま持ち帰りたくはなかった。
クナイについた血を倒れている人間の服で拭っていると、同行していた後輩が近づいてきた。
ということは、他の敵も倒せたのだろう。これで任務は終了だった。
「あれ。先輩ってクナイはあまり使わない方でしたよね?」
どちらかというと忍刀の方が慣れている分使いやすい。だから今まではクナイはほとんど使ってない。後輩は付き合いが長いのでそれを知っていた。
「うん、でもこれは特別」
「へぇ。お守りみたいなもんですか」
お守り。
たしかにそうかもしれない。このクナイを見る度に自分の無事を願ってくれる人がいることを思い出す。死ねないと思う。だからきっとこれはそういう意味でお守りなんだろう。
「そうだね。御利益ありまくりだよ」
「いいですね」
「お前にはやらなーいよ」
「ええ? 酷いなぁ」
だって、世界に一つしかないものだから。それに、きっと俺にしか効かないお守りだから。
今日も俺は、誰よりも優しいイルカが研いだクナイで人を殺す。ただ自分が生き延びるために。
「どんな時も諦めないで。生きて戻ってきてください」
そう言ったあの人の望みを叶えるために。