その日イルカは、持ち帰りの仕事があった。
さっさと済ませてしまえば後の作業が格段に楽。そう思って自宅まで持って帰ってきたのだが。
運悪く、まだ任務で留守のはずだったカカシが帰ってきてしまった。
本当に運が悪い。
カカシはイルカが自宅で仕事をするのを好まず、たいてい不機嫌になる。
だから留守の間に済ませてしまおうと思っていたのだが。仕方がない。持ち帰ってきたものは完遂させねば、とイルカは心を決めた。
意外にもカカシは機嫌が良く、食後に仕事をしてもいいと言う。
少しホッとしたイルカは、さっさと片付けてしまおうと作業に取りかかる。カカシは隣に座り、じっと作業を見守っていた。
そのうち見ているのにも飽きてきたのか、カカシがおしゃべりし始めた。
他愛のない話ばかりなので、最初は聞いていたイルカも次第にいい加減な相づちを打つ。
「俺思うんですけど。イルカ先生はインフルエンザウイルスと似てるよね」
「うんうん、そうですね」
「やっぱりイルカ先生もそう思います!?」
賛同の意を得た、とカカシは勢い込んだが、どう見てもイルカの返事は適当だった。
「ほら。インフルエンザウイルスって、一回かかっても次の年にはまたかかったりする。あれって毎年毎年かかっても免疫がつかないからでしょ? つまり、どれだけ慣れたと思っても常に浸食され続けるところがイルカ先生にそっくりだと思うんですよねー」
どうです!とカカシが自慢げに胸を張った。
が、イルカは難しい顔をしたまま書類を睨んでいる。
「イルカ先生、聞いてなかったでしょ!」
「え?」
イルカは何やら大きな声が耳に届いたので、ようやく顔を上げた。
「今、すごい良いこと言ったのに」
「えーっと……」
仕事をしていたが、最初はなんとなく耳を傾けていたはずだった。しかし、途中から書類に意識が集中していた。話の内容を思い出そうとしても、イルカには何も思い出せないのがその証拠だ。
「ほら、やっぱりね! イルカ先生は聞いてないんだ、俺の話なんて」
「そ、そんなことないですよ。聞いてました!」
「じゃあ、俺、何て言ってました?」
カカシに改めて問われ、イルカは言葉に詰まった。
誤魔化されないぞ!と言わんばかりの視線に、白旗を揚げる。
「ごめんなさい、ちょっと仕事に集中してて聞いてませんでした」
聞いていなかったのは事実なのだから、ここは素直に謝った方がいい。
カカシも惚れた弱みで強くは出られなかった。それに、なんといってもこんな素直に謝ってくれる大好きな人が目の前にいるのだ。いつまでも喧嘩しているのも馬鹿らしい。それくらいならイチャイチャした方が断然いいに決まっている。
いいですよ、と笑って許した。
イルカもホッと頬を緩ませた。
「で、何の話だったんですか?」
「だからね。イルカ先生はインフルエンザウイルスと同じだっていう話ですよ」
「な、な、失礼な!」
「わ」
突然イルカが立ち上がったので、机の上のものがばさりと崩れ落ちる。
「なんですか、もう! 聞いてないと思って、そんな悪口言ってたんですかっ」
酷いじゃないですか、とイルカは怒る。
が、カカシも引き下がらなかった。
「えー、納得いかなーい。よく聞きもしないで怒られるなんて」
これこれこう、と説明し出し。最後まで聞き終わった頃にはイルカの顔は赤く染まっていた。
なんて恥ずかしいことを平気で口にする人だろう、と。
「でもっ、そんなウイルスに例えられるのはちょっと……」
口ごもるイルカに、カカシはにこりと笑った。
「そうですね。イルカ先生はイルカ先生ですもんね。他には例えられないかも」
そんな風に言われると自分の方がてんで子供みたいじゃないか、とイルカはますます顔を赤くしたのだった
☆カカシの勝ち。