十班の任務の帰り。
今日はそうとう頑張ったと皆が主張する。と言ってもしょせん下忍レベルな任務なのだが。
しかし頑張ったのも事実だ。飯を奢ってやるという約束を守るため、四人で焼き肉屋にやってきた。
「さあ、お前ら。今日はたくさん食えよ。あ、いや、チョウジはほどほどにな」
「はぁーい」
素直な返事と共に、メニューに群がる子供たち。
まあ、微笑ましいといえば微笑ましい光景だ。
次々と注文した肉が運ばれてきて、それを焼き始めると、ほとんど焼けるか焼けないうちに肉は子供たちの口の中に収まっていく。
食べられる時にきっちり食うのは忍びとして大事なことだ。俺も焼き肉争奪戦に参加しようとした。
しかし。
「あれー? カカシ先生とイルカ先生?」
ちょうど店に入ってきた客を見て、いのが声を発した。
まずい、あの二人がこの店にやってくるとは。
正直言って関わりたくない。
何かと迷惑な二人。巻き込まれてしまったら、ろくな事がないからだ。すべての気力を奪われてしまう。
それに何と言ってもあの二人は教育上よろしくない。
「しっ、静かにしろ。さっさと食べて出るぞ」
「えー。注文した肉がまだ全部そろってないよ」
「そうよそうよ」
早々に退散する提案は却下された。注文したものを食べ終わるまでは、誰も動きそうになかった。
幸い向こうはまだ気づいておらず、仲睦まじく店のメニューに見入っている。
「ほら、アスマ先生の分。美味しそうでしょ?」
「あー、今は興味ない」
こんな状態では食欲なんてあるわけがない。せめて子供らが静かに食べて尽くし、巻き込まれないうちに帰路につけますようにと願う。
俺がこんなに心配しているのに脳天気に肉を食べている子供ら。それを忍耐強く待たなくてはいけない。イライラしながら眺めていると、ついポーチに手がいってしまう。
「やだぁ、アスマ先生ったら。食べてる最中に煙草はやめてよ」
「消化に悪いから辛気くさい顔はやめてくれ」
散々だ。
子供らは事情がわからないから言いたい放題だし、少しも静かにしてくれない。
ああ、早く食い終わってくれないものか、と思っていたところに。
ガシャーン。
「酷いっ。イルカ先生の浮気者!」
「え?」
なんだかカカシが騒いでいる。
しかも浮気とは内容が穏やかではない。
「他の男の舌が好きだなんてー!」
こんなところで始まった喧嘩を、周りも気になり肉が焼けこげていく人が続出しているようだ。
それは酷いわよねぇという声がひそひそと聞こえてきた。
たしかに言っていいことと悪いことはある。しかし、そんなことを本当にあのイルカが言ったのだろうかと首を傾げた。
周りはハラハラしながら二人の会話の行方を窺っている。
「男の舌って……牛タンですよ?」
どうやらイルカが牛タンを注文しようとしたらしい。焼き肉屋ならごく当たり前の行動だ。
「でも俺には耐えられません!」
カカシが叫んだ。
牛だろ、牛。こいつはアホか!
イルカも呆れ果てて別れる気になったのではないかと思った。実際イルカは黙ったままじっと考え込んでいる。
そしておもむろに顔を上げ、カカシをまっすぐ見つめた。
「わかりました。カカシ先生がそれほど嫌がるなら、もう牛タンは食べません」
「イルカ先生、本当ですか!」
「はい」
イルカは頷いた後、言った。
「そのかわり、特上カルビ三皿注文してもいいですか? エヘ」
「もっちろんですとも。三皿といわずもっと頼みましょうよ。ちょっとお兄さん、特上カルビ十人前ー」
喜んでー、と返ってくる店員の声を合図に、周りは視線をそらした。
「さすがイルカ先生、自然な流れだわ。私も見習わなくっちゃ」
「そうか? あれ、恋に目が眩んだカカシ先生じゃなければ、かなり不自然だろ」
シカマルが言うことはもっともだった。
でもまあ、あれはあれで双方幸せそうなので問題ないだろう。
カカシの言うことはある程度受け流していなければイルカもやってられないだろうし。十人前だろうと二十人前だろうと、曲がりなりにも上忍であるカカシの財布の心配をしてやる必要もない。
「はい、イルカ先生。あーん」
焼き上がったカルビをカカシがイルカに差し出している。
はあ。なんて迷惑なバカップルなんだ。だから関わりたくなかったんだ。
二人の姿を眺めて、大きく溜息をつく。
それを何を勘違いしたのか、
「元気出して! アスマ先生だってすぐ恋人できるわよ」
といのに励まされた。
まさか俺があれを羨ましく見ていると勘違いされたのか!と思うと暗澹たる気持ちになる。
さらに顔色が悪くなった俺を心配して、
「ぼ、ぼくの特上ロース食べる?」
とチョウジが言い出す。
まさかチョウジが食べ物を人に譲ろうとするなんてビックリだ。
たとえ見当外れな心配であろうとも。
「……いい子だな、お前らは。くっ」
涙が滲みそうになるのは、焼き肉の煙が目に染みたせいでは決してないと思った。
せっかく勧めてくれたロースを食べるべく箸を取るのだった。