簡単に作った夕飯を済ませ、持ち帰った仕事に向かい合っている時。窓からコツコツと音がした。
何だろうと思って見ると、鳥の形をした式だった。
「今から、逢えない? 逢いに行ってもいい?」
カカシ先生の声。
忠実に再現されたそれは、まるで断られることを恐れる子供のような不安を滲ませていて。
慌てて「いいですよ」と簡単な返事を送り返した。
こんな風に聞かれるなんて初めてだった。
いつもは受付だったりアカデミーだったり、直接会った時に飲みに行きませんかと誘われるのが常で。
何かあったんだろうか。このところ忙しくてしばらく逢えない日が続いていたから、不安になる。
コツコツと扉を叩く音が耳に届いて、慌てて玄関へと向かう。
ドアを開けると、カカシ先生がいつもの猫背で立っていた。
そういえば家の前まで送ってもらったことはあっても、家に上がってもらうのは初めてなのではなかろうか。
ちょっと緊張しながら上がってもらう。
とりあえずお茶を、と焦って色々と失敗しそうになったが、カカシ先生の表情は暗い。
「どうかしたんですか」
「あ、いや、別に……」
言葉とは裏腹に、どう見ても別にという雰囲気ではなかった。やはり何かあったのだ。
が、ここで無理に聞いてはいけない。
子供ならば誘導して聞くという手もあるが、大人ゆえにそれはできない。任務に関連することならば守秘義務が当然あるし、それでなくとも大人だからこそ言えない事情だってあるのかもしれない。
それでもここまで来たということは、頼ってくれたのだと思うから。その気持ちを大切にしたい。
黙ってじっと待つ。
朝までだって待とうと思う。
「今日は何もかもが上手くいかなくて、ちょっと落ち込んでて……」
沈黙に耐えられなくなったのか、カカシ先生がぽつりと言う。
やはり任務で何かあったのだろう。詳しくは聞けないけれど。
心なしか髪の毛までしょんぼりしているように見えて、胸が痛んだ。
「何もかも上手くいかない、そんな日もありますよ。でも大丈夫。人生はそんな日ばかりじゃないですよ」
椅子に座っているカカシ先生をぎゅっと抱き締めて、頭を撫でる。
せめて励ましたかった。気休めにしかならないかもしれない、でもそれでも。
だって笑っていてほしいじゃないか。
カカシ先生の驚いた表情を見て、はっと我に返った。
まるで子供にするようなことを、と不愉快に思われただろうか。思わず取ってしまった行動だけれど、立派な上忍相手にすることではなかったかもしれない。恥ずかしい。
「あの……」
「すみませんっ。つい……」
とにかく謝って許してもらおうと思って頭を下げたら、違っていたらしい。
「今の、もう一回」
「へ?」
「もう一回お願いします」
頭を撫でてもいいってことかな。
おそるおそる撫でてみる。銀色の髪の毛は意外と柔らかかった。
「そうですね。案外悪いことばかりじゃない」
うっすらと微笑むカカシ先生。
よかった。
さっきよりも気持ちが浮上している様子にホッとした。少しは俺でも役に立てただろうか。そうならば嬉しい。
その時。コツンと窓を叩く音がした。
「あ。呼び出しだ」
「今これからですか? さっき戻ってきたばっかりなのにまた!?」
あまりにも超過勤務で、思わず声を荒げた。
「あ、やー、ちょっと立て込んでて……」
申し訳なさそうに言われて、別にカカシ先生が悪いわけじゃないのに、責めるようなことを言ってしまったと反省する。
「じゃあ、今日はありがとうございました。また……」
そう言って立ち去ろうとするカカシ先生に、慌てて声を掛けた。
「何かあったらまたいつでも来てください」
気軽に立ち寄れるように、と思ったのだが、カカシ先生は俯いてしまった。
何か気に障るようなことを言っただろうか。不安がさっきまでの高揚した気持ちを萎ませる。
「……何かなかったら、ここに来たら駄目なんですか」
そんなの酷いや。用事がなければ駄目なんて!
眼がそう物語っていた。口は不満げに尖っている、ような気がした。
可愛らしい見当外れの抗議に、口元が緩んだ。
「何もなくても、いつでも来てくれてかまわないんですよ?」
そう言うと、カカシ先生は花が綻ぶように笑った。
こちらまで嬉しくなるような笑顔だった。
用がなくても来てくれたら嬉しい、俺も本当にそう思い見送ったのだった。
●四拾萬打リク『上手くいかないカカシ先生を優しく慰めてくれるイルカ先生の話』