はたけカカシとうみのイルカは戦場で偶然出会った。
火影の伝令係を務めるイルカと、それを受け取る側の暗部のカカシ。イルカに一目会った時、カカシは運命だと思ったという。
かたや戦場を舞う華麗なる戦士、かたや血の海に咲く可憐な花。お互いが恋に落ちるのは必然と言ってもいい。
里に戻ってから二人はつきあい始めた。
主に仕事が不規則なカカシがイルカの家を訪ねる形となる。
その日はイルカが帰宅するのが遅かったため、カカシは何かを作って待っていようと張り切っていた。
余裕があればカカシだって料理の一つもすることがある。普段はイルカが気を遣ってもてなしてくれるため日頃の恩返しも兼ねているのだが、人のために何かするというのがカカシにとって新鮮でかつてない経験だった。
しかし、その楽しみも外をうろつく気配に水を差された。
敵意はないが、あまり好ましくない気配がする。
留守を預かるカカシとしては放っておく訳にはいかないので、外に出てみた。
すると。イルカの家の前で、中を覗こうとしている男が一人。
おそらくイルカを待ちかまえていたのだろう。実際声をかける勇気があるかどうかはともかく。
しかし、ただうろついているだけでも迷惑な話だ。イルカが知れば気にも病むだろう。
「イルカに用?」
「えっ……は、はい」
「イルカは俺の恋人だから、軽々しく声をかけないでくれる?」
相手は『恋人』と聞いて一瞬怯んだが、それでも一歩も引かなかった。
「それは個人の、じっ自由です!」
ひくりとカカシのこめかみが引き攣る。
「つまり、恋人を護ろうとするのも個人の自由なわけだよねぇ?」
と言うやいなや、持っていたクナイを投げつけた。
鋭い刃物は相手の耳の側を掠め、柱に突き刺さる。
ひぃぃぃと声なき声をあげながら、相手は泡を吹いて倒れた。
カカシがとどめを刺そうと柱からクナイを引き抜いた時。
「カカシ先輩カカシ先輩」
「ん、テンゾー?」
名前を呼ぶのは暗部の後輩だった。
「駄目ですよ。里では理由の如何に関わらず人を殺すと犯罪です」
「えっ、そうなの!? 特別措置とかないの?」
「ないです」
親切にも止めに入ってくれたらしい。
長年暗部に属していたカカシは、ほとんど里に戻ることもなく生きてきたので、常識というものに疎い。
「けっこう厳しいな、里は」
「それほど厳しくはないです。これが普通です」
「う〜ん、やってけるかなぁ俺」
いったい今までどんな生活を送ってきたのか思いやられる。
後輩の目から見ても不安要素がありすぎた。
「あ。でも、意外と権力とかには弱いので、裏から手を回すと揉み消せるかもしれません」
「それいいね! そういうの俺得意! 宛てはあるから、今度どこまで許されるか試してみよう〜。いやぁ楽しいね、新しい環境って」
楽しくはない。というか、普通そういう意味では楽しまない。
が、それをおかしいと思う人間はここにはいなかった。さすが暗部育ち。
「それじゃあ、この男はどうしましょうか」
後輩の問いにカカシはしばらく考え、にんまりと笑った。
「テンゾー。鰻買ってきてくれる?」
「鰻、ですか」
「そう。急いでね」
イルカが帰ってくるのと警務の人間がやってくるのはほとんど同時だった。
家の前に見知らぬ男が倒れているのを見て、イルカは驚いた。カカシはそれを宥めつつ、警務の二人に状況を説明し始めた。
「鰻をね、捌こうとしてたんですよ。でもこれがまた特別捕まえにくい奴で。掴もうとするとつるんとすべって外に出ちゃって。包丁を持ったまま追いかけて、まさにとどめを刺し終わったら、隣でこの人が転がってて。いやぁ、鰻に集中してたから気づかなかったなぁ。こんなところに人が立っていたなんて」
だってあなた、今思いきり鰻掴んでますよね? チャクラで吸着できる上忍に、すべる要素なんてありませんが。だいたい無理ありすぎじゃね? 手からすべる鰻を追いかけるって、どこの世界のサ
ザ エさんだよ!
説明を受けた警務の人間はそう思った。
がしかし。
「そうだったんですか、カカシさん!」
そんな言い訳誰が信じるか、という想定内からあっさり外れ、信じる人間は実際に存在した。
大変でしたね、と瞳をキラキラとさせて眉を寄せるイルカは、どう見ても疑っていない。
あ、信じちゃう? 信じちゃうんだ……。
天然だよ、この子。心配だ。絶対騙されてる!
警務の新人は、新人なりに心配を募らせた。ここはちゃんと言ってあげた方がいいのではなかろうか。そう判断して口を開きかける。
しかし、同行している先輩に止められた。
そこは亀の甲より年の功、経験がものを言う。手の中で包丁を弄ぶ写輪眼のカカシを見れば、言及するなどという危険を冒す勇気はなかった。
もう早く帰りたい。これ以上ここにいても自分たちの命が危ないだけじゃないか。
警務のベテランはそう思った。
「……そうですか。では、不慮の事故ってことですね」
手元の書類に必要事項を書き込めば、仕事は終了だ。この被害者だってスネに傷を持つ身、まさか訴えるはずはない。それならばこれは、鰻が逃亡したための不幸な事故になる。それが一見どんなに馬鹿らしい事件であろうとも、書類の辻褄さえ合えばそれでいいのだ。
「ええ。そういうことでお願いします」
にこりと笑って念押しをされれば、後はもう口をつぐむしかない。
倒れている人間を担いで病院へ搬送するという言い訳をフルに使い、さっさと退散して行った。
「じゃあ、イルカ。せっかく捕まえたこの鰻、食べよっか」
「はい! 鰻大好きです」
無邪気に笑うイルカに、カカシも微笑んだ。
「俺、イルカに逢えてよかったよ」
「俺もです」
イルカに出会わなければ、カカシは今も戦場を駆け回るだけの生活だっただろう。そういう意味ではカカシは幸運だったと言える。
はたしてそれがイルカにとっての幸運かどうかは不明だが。
「う〜ん、幸せだなぁ」
カカシが言うと、イルカも同意したので、これはこれでいいのかもしれない。
お幸せに、と鰻を買いに走った後輩は、玄関へと入っていく二人の背中を見守るのだった。
四拾萬打リク「鬼畜カカシ攻天然イルカ受」
※イルカ以外に鬼畜なカカシと天然イルカなお話になりました……