【25:悪かったな】

「アカデミー教師ごときが受付でデカイ面してんじゃねぇぞ」
任務の報告書を提出しに来た上忍が、イルカに向かってそう吐き捨てるように言った。
カカシと付き合うようになってからこういうことはよくある。
そりゃあ天下の写輪眼と付き合っているのだから、様々な妬みややっかみで絡まれてもある程度は仕方がないとイルカは悟りを開いた。つまりそれくらい多いということだ。巧妙なものから稚拙で直接的なものまで。
悟りを開きはしたけれど、イルカは困っていた。
何が困るって受付業務が滞ることが、だ。
口で言われる分にはかまわない。しかし仕事に支障が出るのは困るのだ。
今目の前にいる集団はいつも何かと絡んできて、業務が滞る。周りに迷惑を掛けてしまう。
しかもアカデミー教師を馬鹿にしていることを隠そうともしない。イルカは自分自身のことならともかく、教師全般を侮っている態度をとられるのは困る。里の方針にも関わることなのでやめてほしいと切実に思っていたが、いい解決策もない。
今日もこのまま黙ってやり過ごすしかない。イルカは自分の不甲斐なさに項垂れるしかなかった。


そんな様子をどこからか見ていたカカシが、受付所から遠く離れた場所で上忍連中を呼び止めた。
「しゃ、写輪眼のカカシ!」
「な、なんの用だ」
粋がってみたものの、腰が引けているのは誰からも一目瞭然だった。
カカシは怒っているかと思われたが、意外と冷静に尋ねてくる。
「どーしてアンタらはイルカ先生に絡むわけ?」
即瞬殺かと身構えていた連中は、勢いを得て好き勝手言い出した。噂は噂であって、カカシもイルカをたいして気に入っているわけではないのだろう。しょせん中忍にすぎないのだから遠慮する必要などないのだ。
「だって、たかだか中忍が。なぁ?」
「アカデミー教師なんてたいして役にも立たないくせに、でかい面されるなんて」
まだまだ続く不満の嵐に、カカシは呆れたように溜息をついた。
それを聞いて、皆ぴたりとしゃべるのをやめる。力ある者にへつらうのは、彼らにとって常識であり、ごくあたりまえのことだった。
「アンタたちねぇ。木ノ葉は忍びの育成に命賭けてんだよ?」
「ああ?」
「下忍三人に上忍一人つけるくらい子供大好きの里なのよ? つまり、そんな大事な子供を預かるアカデミー教師がそこらのぼんくらなわけないでしょーが。下手な暗部よりエリート集団よ?」
「ええええ!」
覆される常識。今まで信じてきたものがガラガラと崩れ去る。
が、考えてみればそれがもっともに聞こえてくるから不思議だ。
下忍三忍に上忍一人。そんな非効率的な組み合わせがあるだろうか。中忍が部隊長クラスなのだから、中忍で充分じゃないか?貴重な上忍をつける意味がわからない。
そう。木ノ葉は子供の為ならそんな非効率も厭わない、子供第一主義なのだ。
そんな子供が大勢集まったアカデミーに関わる人間は、何よりも重要な地位であるに決まっている。中忍といえどエリート中のエリート。出世頭に違いない。
目から鱗だった。
上忍たちは自分たちの地位に対するプライドも並大抵なくあったが、それよりもさらに権力に弱かった。偉い者にはおもねる。それが今までの生き方だった。そして、これからも。


次の日。例の上忍たちが受付所と顔を出す。
また絡んでくるのかと、席に座っているイルカは身構えたが。
「あー、うみの先生。今まで悪かったな」
「は?」
うみの先生?この人たち、今『先生』と言ったのか?呼び捨てにしかしたことがない上忍が?
イルカは戸惑いを隠せない。
「俺たちが言い過ぎた。申し訳ない」
「はぁ」
「もう二度とあんなことはしないと誓う! というわけでよろしく頼む」
「えっ、あのっ、ちょっと!」
イルカは呼び止めたが、そこは無駄に上忍。もうすでに姿は見えなかった。
何をよろしく頼まれたのかよくわからず、イルカは呆然と立ち尽くす。
「なんだったんでしょう、あれ?」
思わず口にしていたが、受付所にいる人たち全員一人も答えがわからなかった。
「なんでも急に教師を尊敬するようになったみたいでーすよ」
突然と隣に現れたカカシが言った。
「はぁ?」
なんだかよく分からない展開にイルカは戸惑ったが、とりあえずもう絡んでこないらしいということは理解したので、不思議なこともあるもんだなぁと思いつつ単純に喜んだ。
「じゃあ、納得したところで帰りましょうか」
と、笑うカカシが促し、仲良く帰っていくのだった。


[2009.12.19]