【31:悲しくなんてない】

毎日遅刻してくる上忍師を待つ七班は、集合してからが長い。だから普段はのんびりと集まるのだが、今日は違った。
「ねぇ! いのに聞いたんだけど、知ってた?」
サクラが慌ただしく駆け寄ってくる。
「え〜何が〜?」
「何の話だ」
ナルトもサスケも話が見えず困惑している。
「カカシ先生とイルカ先生って付き合ってるんだって!」
「えっ」
サスケは絶句したが、ナルトは何言ってるんだろうみたいな顔をした。
「本当よ! 間違いないんだから、これは」
サクラは強く主張するが、サスケは黙り込んだままだ。ナルトはまだピンときていないようで反応が鈍い。
それをサクラは勘違いしたようで、ナルトに気遣いを見せる。
「ナルトは悲しいんじゃない? 大好きなイルカ先生をカカシ先生に取られちゃって」
「悲しくなんてないってばよ」
負け惜しみではなく明るくそう主張し、サクラやサスケの想像を裏切った。さぞかし落ち込むか、そんなの嫌だと駄々を捏ねるか、どちらかだと思っていたからだ。
「だって俺さぁ、カカシ先生のこと嫌いじゃないもん」
「え〜そうなの?」
サクラは非難がましい目でナルトを見る。
上忍師として信頼はしているが、人間的に見るならば話は別だ。正直あれほど胡散臭い格好の人間と付き合うなんて、常識人としてはどうかと思う。イルカ先生にはもっといい人がいるのではないか、と心配してしまうのはアカデミー時代にお世話になった教え子としては仕方がないことだ。
サクラの視線をナルトは疑われたと思ったのか、さらに言葉を続ける。
「それに、二人が一緒に暮らしてることぐらい前から知ってたし」
「嘘っ!」
「なんで知ってるんだよっ」
二人のあまりの剣幕に、ナルトはちょっとビビった。
付き合ってるとは聞いたが、まさか同棲までとは思っていなかった。
「え……みんな知らなかったってばよ?」
「知らない。初耳だ」
「アンタね、知ってたなら教えなさいよ」
それでさっきナルトの反応が鈍かったのかと二人は理解した。
知っていたから何を今さらと考えたのだろう。しかも誰もが知っているものだと思い込んでいたらしい。
「だって、イルカ先生からいっつもカカシ先生の匂いがするからさ。あれだけ匂いが残ってるってことは、一緒に住んでるってことだろ? てっきりみんな知ってると思ってた……」
「知るか。お前みたいに鼻がきくわけじゃない」
「わかるわけないじゃないの」
まさか匂いで知ったとは思っていなかった二人は、驚くと共に呆れ気味だ。
ナルトはたまに動物的な勘を発揮することがあるが、今回のことはその際たる例だろう。
「えーそぉかぁ? いっつもイルカ先生からしてたじゃん、あれ絶対カカシ先生の匂いだって!」
自信たっぷりに言うナルトにサクラが問う。
「それっていつから?」
「アカデミーの頃から」
こともなげに言われた内容に更に驚いた。
「それって、あの二人は昔から付き合ってたってこと!?」
「うん。俺、初めてカカシ先生に会った時『あっ』って叫びそうになった。イルカ先生からしてた匂いと同じだったから、これが匂いの元だったんだ!って思ってさ」
大発見をした子供のようにナルトは笑い、鼻の下を指で擦った。
「だからカカシ先生はほとんど懐かしい匂いっていうか、側にいて当たり前っていうか。イルカ先生、カカシ先生といると幸せそうだし。二人が仲良いと俺も嬉しいってばよ。だから別に悲しいとか寂しいとかはないんだ」
「そう…なんだ」
ナルトの心の広いところを見せつけられ、サクラはさっき騒いだ自分が恥ずかしくなってくる。サスケはサスケで何か考えることがあるのか、黙り込んでいた。
「ふぅん、ナルトは知ってたんだ〜」
突然と声がして三人とも喉から心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。
珍しくほとんど定刻にやってきたカカシが、すぐ横に立っている。
「あ、あったりまえじゃん! 会った時から俺にはわかってたってばよ」
なんとか動揺を隠しつつ、ナルトはカカシによじ登って叫んだ。
「でもそれ、イルカ先生には内緒ね」
「え〜なんでだってばよ!」
「イルカ先生は恥ずかしがりやさんだから、ナルトが知ってるってわかると可哀想でしょ」
「そっか……わかった、言わない」
「男と男の約束ね」
カカシがそう言うと、単純なナルトはぱぁと表情を輝かせた。
「男と男の約束だってばよ!」
七班全員に黙っていると約束させ、カカシはにっこり笑った。
匂いがするなんてイルカ先生にバレたら、ただでさえ人前でのベタベタ禁止なのに家にいても触らせてもらえないじゃないか!という心の声は誰にも聞こえることはなかった。
騙された子供たちも騙した大人もとりあえず幸せだったらしい。


[2008.08.02]