「イールカせんせ。なんか欲しいものありますか」
カカシ先生に突然とアカデミーの廊下で呼び止められ、尋ねられた内容に少し戸惑った。
「欲しいもの、ですか?」
「ええ!」
にこやかな笑顔が目の前に広がる。
カカシ先生はたいてい笑っている気がする。もちろん真剣な表情も素敵だが、笑っているカカシ先生はもっと好きだ。
むこうから好きだと告白された時はもちろん驚いたし信じられなかったが、カカシ先生は諦めなかった。いつだって好きだという気持ちを隠さずにいてくれた。何度も食事に誘われ、収穫を手伝ったお土産を貰い……いや、物に釣られたわけではない、決して。
けれど一緒に食べるという行為は案外重要だ。何度も何度も共に食べていれば、こうやってお腹いっぱいに食べて一緒に生きていくのも幸せだろうなぁと思うようになる。
そこまで思ってしまえば後はあれよあれよという間に付き合うようになっていた。
それどころか一緒に暮らす、という普通であればハードルの高いことまでしてのけている。驚きだ。買ってくるものはあるかと聞かれ、自分は笑ってさえいる。
少し前まではこんな自分になっていようとは欠片も想像していなかったが、けれどそれは事実であり現実なのだ。
「そうですねぇ……あ!」
「なになに、なんですか」
期待を込めた瞳を向けられ、でもこれは天下の写輪眼に頼んでもいいものかと少し躊躇った。
むろんカカシ先生は世の階級などどこ吹く風というくらい気さくだ。こちらが心配するほどおおらかでもある。しかし周りはあまりそうではない。同僚などは俺たちの日常を聞いて『そんなことまでさせるなんて信じられない』と悲鳴を上げる。
けれど、いいではないか。本人が納得しているのだから周りが騒ぐことではないと俺は思う。
こういう時はむしろ遠慮した方があとで拗ねられる確率が高いことを、俺は学習している。わざわざ聞いてきたのだから、正直に言うべきだろう。
「実はみりんが切れかけてて。もしよかったらみりん買ってきてください」
「え」
強ばった笑顔に、しまった食料品じゃなかったかと自分の失敗を反省した。
「あ、衣料品でした? それだったらそろそろ靴下が……」
「いやいやいや、そうじゃなくて!」
否定されてしょんぼりする。
何か勘違いしていたんだろうか。てっきり買い物のついでを聞いてくれているのかと思っていたのに。
「もう、イルカ先生ったら! 今5月も下旬ですよ? この時期に欲しいものを聞かれたら、誕生日プレゼントが相場でしょうに」
ああ、と思い至った。
そういう意味だったのか。
「すみません。あまり聞かれたことがなかったので……」
実はあまり、どころか両親が亡くなってから一度だって聞かれたことはない。
誕生日だとわかれば周りもお祝いの言葉をかけてくれるし、プレゼントも貰ったことがないとは言わないが、相手が用意したものを受け取るだけで尋ねられたことはなかった。
そうか、誕生日か。
すっかり忘れていた。この歳になると仕事に気を取られて忘れる瞬間が多々ある。
だからなおさら祝ってくれるつもりだったのが嬉しい。顔も綻ぶってものだ。
「で。結局欲しいものは何ですか?」
欲しいものはない。
なぜなら幸せだからだ。
これ以上望むものは何もない。祝ってくれる人が側に居る、ただそれだけでいい。本当にそれがどれだけ幸せなことか、忍びである者は誰でも知っている。
『俺がいつも笑っていられるのは、イルカ先生と居られて幸せだからでーすよ』などと、カカシ先生だって赤面ものな言葉をいつも口にしているではないか。
生きて側に居る、それだけで笑っていられる。なんと幸せなことだろうか。
「さっき言ったじゃないですか。みりんと靴下です」
欲しいものはない。生活に最低限必要なものはあるが。
それすらも生きていく幸せの一部と言える。
靴下はもう少し後でもいいけど、みりんだけは今日買ってきてください、と付け加えておく。が、カカシ先生は不満げに口を尖らす。
「ええー、そういうんじゃなくてですねぇ」
「駄目ですか?」
「もうちょっと何か特別感のあるものがー」
何かを贈りたいという気持ちはわかる。
けれど、欲しいものなんて答えられるわけがない。
それでも敢えて答えるとするならば。
「それじゃあ、今度任務で出かけた時はお土産よろしく」
「えっ」
「欲しいもの貰えるんですよね? 絶対ですよね?」
「でも、任務によってはお土産買う暇があるかどうか……」
カカシ先生が考え込んでいる。
それはそうだ。カカシ先生ほどの忍びが請け負う任務なら人里を通るかどうかすら怪しい。
「何でもいいんです」
何でもいい。
たとえ帰り道の道端に咲く一輪の花であったとしても。
品物そのものじゃなく、無事帰ってくることに意義があるのだから。
そんなことはカカシ先生だって充分わかっているはずだ。
「その土地の特産物ってことですよね! わかりました、俺がんばりますっ」
「んん?」
なんかカカシ先生が異様に張り切ってる?
もしかして変なスイッチ押しちゃった?
「あの、カカシ先生?」
「任せてください。俺はやる時はやる男ですよ!!」
何をだよ。
ガイ先生並みの笑顔と親指、やめて!
「いや、あの……」
「今度の任務が楽しみだなぁ」
どうしよう。ぜんぜん楽しみじゃない。
どんな突拍子もないお土産がやってくるかと思うと夜も眠れないかもしれない。むしろ不安要素がありすぎて胃炎になりそうな予感。
……ま、いっか。
いいのか? うん。いい、いい。良しとしよう。
超ご機嫌なカカシ先生を眺めていると、そんな悩みもたいしたことがない気がしてきた。
思い悩むのも、たぶん幸せの一部のはずだから。
どんなことがあっても大丈夫。
生まれてきたことと、共に歩む人に出会えたことに感謝する、きっと幸せな誕生日になるだろう。
HAPPY BIRTHDAY!!