【37:手料理作ってよ】

「手料理作ってよ」
とカカシ先生は言った。受付で残業中の俺に。
いや、俺だとて里外の任務をこなして帰ってきた恋人に、料理を作るのはやぶさかではない。ただ、こんな遅い時間でなければ。
冷蔵庫にたいしたものは残っていない。ほとんど空と言っていい。これは朝出かける時に確かめたのだから間違いない。たしか貰った桃があったが、あれでは料理の役には立たないだろう。
今から買いに行くと言っても、スーパーが開いている時間はとっくに過ぎている。作りたくても材料がない。
期待を込めた右目が俺を見つめるこの状況で、いったいどうしたらいいんだろう。
困った。いくら内勤だからといっても、こっちの都合も考えて欲しいと思うのは贅沢の望みなのか。
いや、外から帰ってきて手料理が食べたいと思うのだって、個人の自由だ。むしろ当然の権利だ。まさか兵糧丸を食べて寝ろ!と言うわけにもいかない。
手料理と言うからには、おにぎりとかでは駄目なんだろうなぁ。米はあるのに……。あ、茄子もあったかもしれない。冷凍庫に挽き肉も。
カレーだ、茄子カレーなら作れる!
あれならご飯を炊いている間にぱぱっと出来るし。
「わかりました。もうすぐ交代の時間ですから、もうちょっとだけ待っててください」
メニューが決まり、晴れ晴れとした気分で答えた。


「あ、茄子カレーだ」
家に着いてから超特急で作ったカレーを前に、カカシ先生はにっこり笑った。
「俺、これ好きなんですよねー」
気に入ってくれているらしい。よかった、カカシ先生は茄子が好きだから。
「んまーい」
嬉しそうにスプーンを口に運んでいる。
作る前は面倒だし時間がないしでこんちくしょーと思うけれど、いざ食べている姿を見るともっといいもの作ればよかったと後悔する。
だって挽き肉と茄子を炒めてカレールーを投入するだけ。正直手抜きと指摘されてもおかしくない気がする。本当はもっと手の込んだ美味しい料理を食べさせてあげたいといつも思っているのだけど。
心が痛んで、だんだんと落ち込んでくる。思っていることが表情に出ていたのか、はっと気づくとカカシ先生が食べている手を止めてこちらを見つめていた。
「イルカ先生?」
食事を中断させるなんて。くつろいでほしいと思っているのに本末転倒だ。
「今度はもっと本格的なカレーを作りますね」
スパイスを買ってきて、今度の休みに一日中煮込もうと意気込んでいると。
「え。いいですよ、別に」
あっさり断られた。
「どうして」
俺のやる気はどうしてくれる。
「だって、このカレー好きだもん」
「でも、煮込んだカレーの方が美味しいですよ?」
「そんなことないですよ、これで充分美味しいです。というか、これ以外のカレーだとガッカリです」
ガッカリって。
もしかして気を使われているんだろうか。俺が料理してる時間がないだろうとかそういうこと?
「茄子が好きだし、これ食べると夏だって気がしません? しかも、茄子カレーだとイルカ先生がなんかいつも以上に優しいんですよねぇ」
言われた内容に顔が熱くなった。
そういえば、茄子カレーは自分の気持ちとしては手抜きなわけで、それを出した日はなんだか申し訳なくて普段より気を使っていたかもしれない。
「だから俺にとっては一石二鳥の特別メニューなんです」
そう言うと、カカシ先生は幸せそうに笑った。
悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。
本人がそっちがいいと言うのならそれでいいのだ。無理をすることはない。できることをすればいい。その方が二人ともきっと幸せだ。
恥ずかしいので、こほんと咳払いをして立ち上がる。
「冷蔵庫に桃が入ってるから、剥きましょうか」
ほーらね、と言いたげにカカシ先生が目を細めたが、それを澄ました顔でやりすごし、冷蔵庫へと向かった。


[2010.07.10]