【38:俺をあげるよ】

イルカ先生の誕生日が迫っている。
だが、何をプレゼントしたらよいのか分からない。
これがここ最近の一番の悩みの種だ。
あれもこれもどうもパッとしない。贈っても喜んでもらえる自信がないのだ。最初はこれがいいんじゃないかと思いついても、時間が経てばやっぱり最適ではない気がしてくるのだから。最初から気持ちが盛り上がらないものなんてもっと駄目。
どうしよう。
いっそ本人に何がいいか聞いてみようか、とも思い始める。
いやいや、そこはサプライズで感激させるのが恋人の甲斐性ってもんだ。
うーんうーん。
悩んでいるところへちょうどイルカ先生と同僚の先生が通りかかった。
「なぁ、イルカだったら何が欲しいんだ?」
なんというグッドタイミング。
まさに俺にご褒美を与えんとする神の使いが現れたのかと疑ってしまう。
その神の使いは意外と地味に見えたが、きっと本物とはそういうものなのだろうと思う。
さあ、そこの冴えない中忍。イルカ先生の欲しい物を聞き出すのだ!
そしてそれを買う役目は俺に譲ってくれ。お前が買って贈るのは許さない。
なんと言っても本人の貴重な意見なのだから。
それさえあれば喜んでもらえること間違いなしじゃないか!
「ええー、そうだなぁ。……よく眠れる枕かな」
イルカ先生は悩んだ末にそう言った。
「枕ぁ?」
枕?
枕ってあの枕? 寝る時に頭を乗っけるアレ?
「ついこの前、ずっと使ってきた枕がとうとう破れて天寿を全うしたんだ」
「ああ、なるほどねぇ。たしかに枕が変わると眠れなくなったりするもんな」
「そうなんだよ。そのせいで最近寝不足で。どっかに良い枕ないかなぁ」
イルカ先生はそうぼやきながら去って行った。
日常的すぎるものを言われてちょっとガッカリしたが、でも要はイルカ先生が喜んでくれることが重要なのだ。
上忍の権力をフルに使って最高の枕を探し出してみせる!
と意気込んだはいいけれど、自分の考えが甘かったことを思い知った。
たかが枕、されど枕。かなり奥が深い。
誰もが満足する枕なんて存在しないのではないかと思えるくらい、枕選びは幅広かった。
それでもどうにかこうにかこれがいいだろうと選んだ枕は、完全オーダーメイドで三ヶ月待ちと言われた。
さ、三ヶ月だと! 誕生日が終わっちゃってるじゃないか!
製作者へ直談判という名の揺さぶりをかけて、一週間で仕上げると約束させた。が、それがどんなに超特急であろうとも、一週間かけていたら誕生日は過ぎてるって寸法だ。
絶望的だった。
どうしてもっと早くから準備しておかなかったんだろう。
ぎりぎりと後悔の念が襲ってくるが、今さらどうしようもない。もう誕生日は目の前だった。



当日。
「イルカ先生、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
歳を取っても祝ってもらえるってことは嬉しいものですね、とイルカ先生は微笑む。
本当はここでどどんと最高の枕を贈りたい。
贈りたいが、それはまだもう少し時間がかかる。当日に用意できないなんて締まらない事この上ない。
そこで代替案だ。
よくよく考えたらこっちの方がいいんじゃないかと思えてくるくらい良い案だった。
んん、と咳払いして緊張を解こうとする。
「これからイルカ先生の欲しいものを贈ろうと思います」
「なんでしょう?」
手ぶらでそう宣言した俺を、イルカ先生は不思議そうに見つめる。
「俺。俺をあげますね」
「は?」
「イルカ先生の欲しがってる、枕です!」
「あの、カカシ先生……枕って…」
「もちろん俺の腕枕ですよ! 世界で一つしかない、イルカ先生だけの枕です」
自分の右の上腕筋を指差す。
「……たしかに世界でただ一つですけど……」
「ほら。これなら絶対よく眠れますよ。朝までぐっすり! 間違いなし!」
イルカ先生も気分がよく、俺も得する最上案じゃないか。
「そんな枕いりません」
イルカ先生の冷たい視線がグサグサと突き刺さる。
何故だ。
「ええー、そんな! せっかくのプレゼントなのにぃ」
酷い! イルカ先生のイケズ!
散々騒ぎ立てると、さすがのイルカ先生も考え直してくれたようだ。
「そうですね。じゃあ腹枕で」
「え。イルカ先生? 俺、腕枕を」
「腹枕で!」
世界に一つしかないですもんね、と言ったイルカ先生の目は笑っていなかった。
怖い。
「……はい。おっしゃる通りに」
イルカ先生のお誕生日ですから。



***



「ちょっとカカシ先生、腹式呼吸はやめてください。頭がぶれるじゃないですか」
「ええっ、息をするなってことですかぁ?」
「お腹を動かさない呼吸法くらいあるでしょう、上忍なんだから」
「イルカ先生、上忍は万能じゃないんですよ?」
「へええ、そうなんですか。でもカカシ先生は並みの上忍じゃないですからできますよね?」
「そ、そりゃあもちろん!」
「よかった。じゃあ、おやすみなさい」
「お、おやすみなさーい」


[2012.06.02]