「カカシ! 勝負だ」
木ノ葉の里では、ガイがカカシに勝負を挑むのはよく見かける光景だ。平和な日常だった。
「よし、ガイ。相手をしてやるよ。上半身裸勝負にしようじゃないか」
「お。今日は珍しくやる気だな、カカシ」
意外や意外。カカシが勝負に意欲を見せた。
ガイの熱意に負けて渋々だったり、適当にあしらったりというのはよくあることだが、カカシ自身が乗り気というのは珍しいと言えた。
そしてさらに珍しいことに、その勝負を止めに入る人物がいた。
「やめてください!」
血相を変えたイルカだ。
しかし、別に決闘でもあるまいし、こんなものは止めるだけ無駄と誰もが知っているはずだった。放っておけば通り過ぎる嵐と一緒、日常茶飯事なのだから。それが何故。
上忍仲間がどうしたどうしたと集まってくる。が、止めるわけでもなく、ただの野次馬だ。
そんな中、真剣な表情のイルカに対し、カカシはのほほんと言い返している。
「仕方ないですよ。ガイは勝負と言い出したらきかないんでね」
「だからって、どうしてわざわざ……!」
「まあまあ」
「イルカ、大丈夫だ。何も怪我させようという訳じゃないんだから、な!」
納得しないイルカを、ガイとカカシが制した。
しょせん中忍、上忍に本気を出されれば敵うはずもない。
泣き出しそうなイルカを前に、カカシが服を脱ぎ始めた。それに応じてガイも上着を脱ぎ捨てる。
と、そこへ周りがざわめいた。
カカシの鎖骨あたりにくっきりと歯形が見えたからだ。遠目に見てもわかるとは、かなり相当な跡だろう。
「ああ。イルカ先生ったらこーんなところに歯形なんかつけちゃって、困るなぁ」
カカシはまったくもってわざとらしく台詞を言う。
「全然困ってねぇぞ、カカシー」
近くで眺めていた上忍の一人、アスマが茶々を入れる。
なるほど、これを見せびらかしたかったわけか。と周りの人間も納得した。
イルカはたまらずカカシの腕を引っ張る。
「カカシ先生、わかってるじゃないですか。それは、俺が寝ぼけて鳥の足と間違えて齧りついた跡だってことぐらい!」
「えー、そうでしたっけぇ?」
「白々しいっ。ちゃんと説明したでしょう?」
どうやら寝ぼけて目の前にあったカカシの鎖骨を思いっきり噛んだらしい。
隠したがるイルカと、別にそれくらい言ってしまえばいいのにと恋人の心理を解そうとしないカカシ。
まあ、どっちもどっちだな、という結論は容易に出る。
「俺、これでも一生懸命考えたんですよ? イルカ先生が寝ぼけたなんて恥ずかしいっていうから、色っぽい理由にすればいいかと思って」
「余計に恥ずかしいわー!」
「じゃあ、こうしましょう。俺が寝ぼけて自分で噛んだことに……」
「余計怪しいわー!」
イルカはカカシの胸倉を掴んで揺さぶっているが、相手には全然効いてない。
「もう勘弁してください。お願いですから早く仕舞って!」
「しょうがないですねぇ」
懇願するイルカにカカシが根負けした風を装い、ガイに声をかける。
「愛しいイルカ先生がどうしてもって頼むから、今日はこれでおしまい。俺の負けってことでいいよ〜」
「いいのか、カカシ」
勝手に勝敗を決められたガイは、自分の勝ちに納得いかないのか反論する。
「負けた方が勝ちってこともあるよ。ねぇ?」
「なるほど! こりゃ一本とられたな。この勝負、お前の勝ちだー!」
そりゃどんな一本だよ。俺だったら絶対カカシの負けに持ち込むね。っつーか、これ勝負じゃねぇだろ。
周りの気持ちは一つにまとまっていた。
だが、当事者のガイがそれでいいと言うなら致し方あるまい。
ガイの輝かしい戦歴に黒星が一つ加わる。こんな風にして毎度馬鹿馬鹿しい勝負は決着がついてしまうのだ。
その後。
写輪眼のカカシの鎖骨は鳥の足よりも美味いらしい。
カカシの思惑を外れ、そんな間違った噂がしばらく飛び交ったのだった。