【41:手伝ってあげようか?】

書類の山を運んでいると、擦れ違いざまに声を掛けられる。いつものことだ。
「イルカ先生。それ、手伝ってあげようか?」
「けっこうです、自分一人でできます」
できる限りすました顔で答えるようにしている。
ここで過剰に反応すると相手の思うツボだ。
「手伝ってあげるって」
「とんでもない。上忍であるカカシ先生にこんなことしていただかなくても!」
「まあまあ、いいじゃない」
「俺一人でやりたいんです。邪魔しないでください」
「そんな頑なにならなくてもー」
睨んでもへらりと躱されてしまう。
押し問答するうちに目的地へと着いたのは幸いだった。そうでなければ断っても手伝われていただろう。上忍に本気を出されたらそれを阻止できないのは目に見えている。
「残念。次は絶対手伝いますねー」
と宣言して、カカシ先生は去っていった。
最近何かをしようとすると、カカシ先生がどこからともなく現れて手伝おうとする。何が目的かわからないけれど、正直ありがた迷惑だ。
だいたい『あげようか』なんて、どうして上から目線なんだよ!
いや、実際身分的に言えば上なんだけどさ。悔しいじゃないか。
俺だって曲がりなりにも忍びの端くれ。自分でできることは自分する、という誇りがある。手伝ってもらう方が恥ずかしいじゃないか。
だから断っているのに、どうしてわかってくれないんだ。
同僚に相談すると、あっさりと言われた。
「そんなのわかるわけないじゃんか。相手は上忍だぜ? やりたいことをやりたいようにするだけだろ」
まあ、そりゃそうなんだけど。わかってもらおうなんて無理な話なのかもしれないけど。
ちょっとはわかってくれてもいいんじゃないかと思ってしまうんだ。伝わらないとイラッとする。
「でもそれってさ、甘えてるんじゃないか」
「は?」
「わかってもらえなくて癇癪おこすってことはさ、わかってもらうのが当然だって思ってるってことだろ」
「当然なんて思ってない!」
思ってない、思ってるわけがない。絶対、きっと、おそらくたぶん……。
かーっと顔が熱くなる。
もしかして我が儘だったのは自分の方かもしれない。恥ずかしい。
カカシ先生は偉ぶったところもなくて気さくな人だったから、なんとなく自分の気持ちもわかってもらえるんじゃないかと期待していたんだ、きっと。
上忍だからやりたいことをやる。そうなんだろう。ちょっとやってみたいだけなのに断られてなおさら気になるだけかもしれない。
そう考えると少し寂しい気がした。


次の日、また声を掛けられる。
「手伝いましょうか」
「……じゃあ、お願いします」
思いきってそう答えると、驚かれた。
一回手伝ってみれば気が済むに決まっている。だから適当にやってもらえばいいんだ。そうすればもうかまわれることもない。
そう思っていたのに。
「んー、やーめた」
「え?」
「だってイルカ先生、ぜんぜん手伝ってほしくなさそうだから」
それは前からのはずだ。
「イルカ先生に喜んでもらうために手伝いたいんだから、喜んでもらえないならする意味がないもん」
そんなことを胸を張って言われても困る。さすが上忍、思うままに生きてる感が半端じゃない。
「そ、それじゃあ、手伝ってもらわないのが一番嬉しいです」
「ふむ。そうみたいですね。これからはそうします」
ようやくわかってもらえたのが嬉しくて、顔がほころぶ。
「ただし、条件があります」
「条件、ですか?」
「本当に手伝ってほしい時はちゃんと言うこと」
自分でできることはいい。でも、一人じゃどうしようもないことは助けを求める。それが条件だと言われた。
「……はい」
頷くと、カカシ先生は嬉しそうに笑ってくれた。
ただの興味ではなく、俺のことを思って言ってくれていたのがわかって俺も嬉しかった。
なんだ、ちゃんと話せば良かったんだ。そうすれば誤解することもなかった。
ここしばらくの悩みが解決し、気分が晴れやかになったが、なぜカカシ先生が俺を喜ばそうとしたのかわかるのはまだまだ先の話である。


[2012.06.30]