今日の報告書も提出したし、後は帰るのみ。そう高を括って商店街なんぞを歩いたのが悪かった。
ちょうどカカシが買い物をしているところを見かけた。
いや、見かけただけなら無視すればよい話だが、向こうもこっちに気づいた様子だ。
「よお、アスマ」
「おお」
挨拶だけでさっさとこの場を去ろうとしたが、手にしている紙袋が気になって、つい尋ねてしまった。
「何だそれ」
よくぞ聞いてくれましたという表情を見て、やめておけばよかったと後悔した。
これはあれだ。最近カカシが騒いでいるイルカ絡みに違いない。一目惚れして絶賛片想い中のため、話が長くなる上疲れる内容が満載なので聞きたくないのだ。
「鉛筆と消しゴムだ」
胸を張って返ってきた答えは、いまいちよくわからない。それが何だというんだ。
「ほら、ここ見ろよ」
カカシが手にしている雑誌の一角を指差した。かなりカラフルなページだ。
なになに?
『好きな人の名前を2Bの鉛筆で100回書いて、それを消しゴムで消しましょう。その消しゴムのカスを小指ほどの小瓶に入れていつも持っていると、あの人が振り向いてくれるかも』
…………。
どうやらローティーン向けのおまじない雑誌らしい。
が、どうもやることが呪術めいている。
2Bとか100回とか、その数字の根拠は何なんだ。
しょせんは消しゴムのカスを持ち歩くだけ。効果が期待できるとは思えない。
「あの人が振り向いてくれるかも」とあるが、振り向く理由は「なんであの人、消しゴムのカスなんか持ち歩いてるんだ……」という、いぶかしさなのではないのか。振り向くかもしれないが、恋が叶うわけでは決してない。
確かにこの雑誌でも、恋が叶うとは断言していない。ある意味姑息だ。
うちのイノがこれをやっているのを発見したら速攻止めさせるだろう。
が、カカシを止められるかというと自信がない。
なぜならそれがカカシだからだ。
「今から1000回書こうと思ってるんだ」
回数増えてるぞ、お前。
一応、奴の身を案じて助言してみる。
「あ〜。書いてあることを守らないとおまじないの効果が薄れるんじゃないのか?」
「そんなもん?」
「過ぎたるは及ばざるがごとし。忍びの基本だろ」
「なるほど。そうかもね〜」
あっさり納得してくれたようだ。
ほっとしていると、カカシが口を開く。
「でもこの小指ほどの小瓶ってのがどこで売ってるのかわからなくてさ」
それは止めておけという神の啓示じゃないのか。
「いっそジャムの空瓶でもいいかと思ってるんだけど」
いやいやいや! 消しゴムのカスが詰まったジャムの瓶を持ち歩いたら、なおさら注目の的だろうが。
「……いっそ自作というのも手なんじゃないか?」
「冴えてるな、アスマ!」
自分で小瓶を作る、というのも更に呪術めいて執念を感じるが、周囲の注目を集めるくらいなら見えない努力の方がマシだ。どうかひっそりこっそりやってくれ。そう願わずにはいられない。
「ああ、これでイルカ先生に振り向いてもらえるよなぁ。アスマも協力してくれたことだし」
いや。俺は協力してるつもりはさらさらないし。
「早く恋人になってイチャイチャしたい。だって初めて会った時思ったんだよ、この人と結ばれるのは運命だって!」
「ちょっと待て。運命ならおまじないなんかに頼らなくてもよくねぇか?」
おまじないをする意味が俺にはさっぱりわからん。
「馬鹿だな、アスマ。運命に甘んじて待ってるだけなんて、愛が足りないよ!」
だから愛を示すためにおまじないで努力するってのか。そりゃご苦労なこって。
頑張る方向性を間違えてるとしか思えないがな。
「あっ、そうだ。パジャマも買って帰らないと」
カカシがぽんと手を叩く。
「パジャマを裏返しに着て寝ると、夢の中で好きな人とデートできるんだって!」
へぇ、ほぉ。それは初耳。
好きなだけデートすればいい。夢の中なら誰にも迷惑はかけないし、自宅でならパジャマを裏返しに着ようがマッパで寝ようがかまわない。
「せいぜい頑張れや」
諦めの境地でそう言うと、
「ありがとうね」
とカカシは嬉しそうに笑った。
それを見て、真剣なカカシにいいかげんに答えたことに対しての良心の呵責と、うまく対応してやれなかったイルカへの懺悔の気持ちが相まって、胸が痛んだのは言うまでもない。
しかしその後、どうやら二人はつきあい始めたらしいと知って、運命というものはなかなか侮れないものだとしみじみ実感したのだった。