【44:君、誰?】

校庭で子供たちを自由にさせ、どんな行動を取るかというのを観察するのも大事な授業の一環だ。
誰とグループを組み、何をしようとするのか。それは忍びに適した行動か否かが問われる。
と、重々しく言ってみたところで、結局ただ単に今日の天気のよさに誘われ、校庭で遊ばせているだけだったりするわけだが。
もちろん観察も怠らないよう気をつけている。
その証拠に、校庭の片隅の鉄棒に寄りかかっている不審人物は、外に出た時点でちゃんとチェック済だ。
顔の下半分は黒い布で覆われ、左目は額宛で隠されている。これが不審人物でなくてなんだと言うんだ。
がしかし。うかつに近寄るのは危険だ。
なんといってもチャクラから推察される強さは上忍レベル。上忍の中でもトップクラスに違いない。
そんな人間に誰が好き好んで近づこうとするだろうか。
もちろん、子供たちに危害を加えようとするなら、たとえ上忍相手であろうとも死ぬ気で対抗するのだが。いかんせん何が目的なのか計りかねていた。
時間が経っても立ち去る気配もなく、じっと子供たちを見つめるばかり。もしかしてロリコンとかショタコンとかそういった類いの変態さんなのだろうか。
不安が募り、思い切って声をかけてみることにした。
すぐ側まで行くと、その上忍は鉄棒の上に手を乗せ、さらにその上に顎を乗せたまま校庭を眺めている。
「君、誰?」
視線は子供たちから離れないまま問われた。
強い上忍は時としてコミュニケーション能力に問題があったりする。しかしそれでも失礼な態度は取れないのが中忍の常識だ。
「私はアカデミーの教師です。ずっと見ていらっしゃいますが、子供たちがどうかしましたか」
「あ〜、もしかして不審者だと思われた? ちょっと眺めてただけなんですよ〜」
意外と気さくに返されて、少しほっとした。まだ話の分かる人らしい。
「実は今度上忍師をやってみないかって言われたもんで、ちょっと観察を」
「ああ、そうでしたか」
実際に子供を見ておこうというわけだ。事前の情報収集を怠らない素晴らしい心がけに感心する。こういう人が上忍師になってくれるといいなぁ、と嬉しくなった。
そんな時、目の前の上忍は子供を指差す。
「あれって、死んだりしないんですか」
「は?」
「ほら。子供ってちっちゃいからコロッと死にそうで怖くないですか」
ああ、子供に慣れてない人なんだ。いるよな、怖くて触れないとか言う人。
安心させてあげたいと思った。
小さい子猫を前に戸惑う人でも、試しに触ってみれば次第に慣れていくに決まっている。
「まあ、上忍の方から見たらてんで弱いでしょうが、赤ん坊でもあるまいし、ちょっとぐらい大丈夫ですよ。意外と丈夫ですから」
「ふぅん、そんなもんですか」
興味をそそられた表情を見て、これが歩み寄りの第一歩になれってくれたらと思った。
がしかし。
「じゃあ、火影岩から突き落としても大丈夫?」
え、そういうレベル?
「死にますっ。それはさすがに死にますから!」
「あ、やっぱり」
そうかもなぁと思ったんですが、などと言う。
いや、普通に考えたら分かるだろ!
……上忍だから普通じゃないのか。そうだな、そうだよな。
一応確認しておこう。
「あの、失礼ですが今まで子供に接する機会は……」
「ないです」
きっぱりと断言された。
「で、ですよねー」
ははは、と乾いた笑いが虚しく響く。
どうしよう、このままでは子供たちの命が危険だ。そりゃあもちろん任務で危険なことは多々あるが、上忍師に預けて危険というのはよろしくない。
「あの、できれば自分が子供への接し方のコツなんかをちょこっとお伝えできたら嬉しいなぁなんて思ったりして……いや、もちろん上忍の方には余計なことかもしれませんが!」
ここでご機嫌を損ねて立ち去られては困る。へりくだりつつも目的を達成してこそ中忍だ!
すっぽんのように食らいついて離さないぜ、と意気込んでいたところ。
「そうですか〜。いや、嬉しいなぁ。俺も誰かに教えてもらえないかと思ってて」
「お役に立てて光栄です!」
案外あっさり了承されて、幸先がいい。
「よろしくお願いしますね、イルカ先生」
「はいっ、こちらこそ!」
あれ、俺名乗ったっけ?
無意識に名乗っていたかもしれない。
ああ、それよりもどこか二人でゆっくり話ができる場所はないかな。相手の気が変わったら困る。
きょろきょろと辺りを見回し、視界に入った上忍に笑顔を向けると、相手もにこりと笑ってくれた。


[2010.07.17]