じりじりと焼き尽くすような太陽。小さな身体でどうしてここまでと思うくらい大音量で鳴き続ける蝉の大群。
そんな炎天下を、長袖どころかベストまで着込んで歩く。
「暑い……」
口に出すと更に暑さが増した気がした。
夏は苦手だ。上忍だから顔に出すようなヘマはしないけれど、どちらかと言えば寒い方が得意。けれど冷房がガンガンかかっている部屋に居るよりも、今は異動することを優先する。
歩き続け、ようやく目的地へと辿り着く。アカデミーだ。
陽が照りつけていない分、たとえ冷房などない校舎でも建物の中は涼しく感じる。
そのまま他の場所には目もくれず、職員室へと直行した。
引き戸を開けると、中はがらんとしている。主の居ない机が並ぶ中で、たった一つだけ使命を全うしている机があった。
「あれ? イルカ先生だけ?」
書類とにらめっこしていたイルカ先生が顔をあげる。
「今日は日直の俺だけなんです」
幸運だった。暑い中歩いてきた甲斐があるというものだ。
珍しいことではないらしい。日直以外の出勤者は、名簿に出勤した証のハンコを押すと帰ってしまうこともある。もちろん普段ほったらかしの書類整理に勤しむ者もいる。
皆、夏休みにしかできないことをするのだ。といっても忍びである以上、アカデミー以外の任務も増えるわけだが。やはり子供を預かるという緊張から解放され、気が楽というのは事実だという。
「外は暑かったでしょう。冷蔵庫に冷たい麦茶があるから、ちょっと待っててください」
イルカ先生はそう言って奥に引っ込んだ。
職員室の外側の壁には朝顔が蔓を絡ませてすくすく育っており。植物のたくましさに目を奪われて見つめているうちにイルカ先生が戻ってきた。
すでにグラスの外にうっすらと水滴が付き、温度差があるのは一目瞭然だった。暑さと闘ってきた身としては嬉しいご褒美だ。
グラスを手に取ろうとしたら、からんと氷が音を立てた。それが合図だったかのように、窓際からちりんちりんと涼やかな音がし始める。
へったくそな金魚が描いてある風鈴だった。いや、もしかしたら花火か何かのつもりだったかもしれない。どう見てもアカデミー生が描いたと思えるそれは、柄はともかく、澄んだ音を職員室に響かせていた。
風鈴を聴きながら冷たい麦茶を飲む。しかもイルカ先生を目の前にして。
なんて贅沢な時間だ。外に比べなくたってここはパラダイスなのだ。
「もうこんな時間か……校舎の見回りしないと」
感激に浸る俺を放ってイルカ先生が職員室を出て行こうとするので、
「俺も一緒に行っていいですか?」
と尋ねた。
「カカシ先生はここで休んでた方が……上忍から見たらつまらない見回りですよ?」
こんなところで一人で待つよりも、イルカ先生と歩いた方が数倍楽しいに決まっている。
「つまらないかつまらなくないかは俺が決めまーす」
そう答えると、しょうがないなというように苦笑される。が、拒否はされなかった。
ぺたんぺたんと音をさせながら廊下を歩く。
任務では考えられない緊張のなさ。けれど、この誰も居ない校舎には似合っている。ここでせかせか歩いたり気配を絶ったりしても仕方がない。
外ではあれほどうるさかった蝉が、今は隣にいる人に神経が集中しているおかげでまったく気にならない。むしろ程よいBGMだ。
「俺、夏休みって好きです」
歩きながら正直な気持ちを漏らすと、イルカ先生は笑った。
「ええ? だって大人のカカシ先生には夏休みなんてないじゃないですか」
それは本当だ。忍びなんて人が休んでいる時こそが稼ぎ時。お盆休みなんて無きに等しい。長い長い夏休みなんて夢のまた夢。大人になるとはこういうことだ、と遊び呆けている子供に教えてやりたいと意地悪く思うこともある。
けれどそれとこれとは別。好きな理由はちゃんとある。
「そりゃ俺にはないけどー。子供がいないからイルカ先生が早く帰ってくるし。校内デートもできるし。人恋しいからいつもの倍、俺に優しいし。いいことばっかり! ね?」
「な! な!」
イルカ先生が口をぱくぱくさせている。
「だって本当のことなんだもん〜」
「ばっかじゃないですか!」
先に行きますと律儀に断って、耳を赤くしたイルカ先生はどんどん進んでいく。
その後ろ姿を追いかけながら、まだまだ夏休みが続けばいいのにと思った。