この世に生まれて早幾年、初めて恋に落ちた。
恋とは理屈ではないのだと知った。
どこが好きなのかと問われても明確な答えなどないが、ただただ彼の一挙一足に心を奪われ目を離せないでいる。受付での笑顔や、子供たちを叱る時の顔、ふっと見せる寂しそうなところや、思い通りにいかなくてちょっと口を尖らせてみたりする子供っぽいところ、ラーメンを食べる時の幸せそうなことといったら。どれを見ていても飽きない。
側にいるだけで胸が高鳴り血が駆けめぐる。これが恋でなくてなんだろうか。
幸いにも下忍たちの元担任と現上司という近寄る言い訳にもってこいの関係だったため、ある程度親しくなれた。
問題はこれからだと思う。いかにして恋人になるか、だ。
「イルカ先生はどういうのがタイプですか。一番最初はどこを見て選びます?」
まずは軽く調査。
「そうですねぇ、やっぱり左目かな」
「え」
なぜに左目限定。
目ならわかる。よく言われるから。
でも。
「どうして左目なんですか」
「左の方がよくわかるからですよ、その人の人となりが」
左を見せないなんて信用ならない、とまで言われた。
ショック。
つまり俺は信用ならない人間だと思われているわけだ。
「どうかしましたか? カカシ先生」
にっこり笑って問いかけてくるイルカ先生に、悪気はない悪気はないんだと自分に言い聞かせた。
が、どう考えても望み薄だと落ち込むしかなかった。
しかし。
どうせ駄目なら当たって砕けろ。何日も悩んだ末、告白してすっぱり振られた方がいいだろうと決意した。
「イルカ先生、大好きです! 俺と付き合ってください。あなたの恋人になりたい」
気取って伝わらなかったら目も当てられないので、真っ向勝負に出た。
「はい。これから大変だと思うけど、よろしくお願いしますね」
「えええ!」
あっさり肯定の返事を貰い、信じられなかった。
「だ、大丈夫ですか。意味分かってます? 恋人、恋人ですよ!?」
勘違いされているのかと心配で、何度も確認する。
「やだなぁ、分かってますよ。俺だって前からカカシ先生のこと、好きだったんですよ?」
「知らなかった……」
こんな夢みたいな話があっていいものか。いや、夢じゃない。腕を抓ったら痛かった!
それでも信じられなくて思わず尋ねた。ぜひ確かめたい。
「イルカ先生は俺のどこが好き?」
「もちろん顔です」
「え」
「顔以外カカシ先生のいいところなんてどこにあるんですか?」
「そ、そうですね……」
はっきりきっぱり断言されて頷くしかなかった。
いくら俺でももう一つぐらいいいところがあってもいいんじゃないかと思ったが、イルカ先生にとってはそうなのだから仕方がない。
OKを貰って嬉しいのに何だか複雑だ。
思わず肩を落とすと、イルカ先生が吹き出した。
腹を抱えて笑い続けられたら、いくら恋で盲目になってる俺だっておかしいと思う。
「イルカ先生……もしかしてケンカ売ってます?」
「まさか! 楽しんでるだけですよ」
何を?
「いやぁ、カカシ先生ってホントいじめがいのある人だなぁ」
笑いすぎて滲んできた涙を拭きながら言われた。
わざといじめられてた?
気づかなかった。てっきりイルカ先生は正直すぎて歯に衣着せない人なんだと思っていた。
好きになってもらうどころか嫌われてるなんて、もうお終いだ。
どんよりと曇った空のように落ち込んでいく。
そんな俺を見て、イルカ先生は意外なことを言った。
「俺ね、好きな子はいじめて泣かしちゃうタイプなんです」
「は?」
「だから付き合うのは大変だと思うけど、それでもいいんですか?」
好きだからいじめる。
つまりいじめるのはイルカ先生にとって愛情表現らしい。
てっきり嫌われていると思っていたが、実は愛の証と聞いて俺の気分は急上昇だ。
「大丈夫です! 俺、けっこう打たれ強いんですよ」
「よかった」
満面の笑みを返され、ああいつものイルカ先生だぁと嬉しくなる。
こうして俺とイルカ先生は晴れて恋人同士となった。
付き合い始めてからは、お互いの家で行ったり来たりしている。幸せな日々だ。
ある日、視力が低下して見えにくいので、外ではしない眼鏡をかけて新聞を読んでいた時イルカ先生に言われた。
「眼鏡? ああ、老眼ですか」
「酷っ。そこまで歳じゃないですよ! 近眼、近眼です!」
「はいはい、おじいちゃん。興奮すると身体に毒ですよ」
「わっ、酷い。イルカ先生〜!」
イルカ先生は相変わらず俺をいじめるのに生き甲斐を感じているらしい。
傷つくこともあるが、逆にわかりやすい愛情表現だし構ってもらえて嬉しいことも多い。いじめられてるってことは愛されてるんだなぁと思えるので結果オーライだ。
「カカシ先生は前向きですね」
「なんといってもイルカ先生の恋人ですから」
そう言うと、イルカ先生も笑ってそうですねと頷いた。