今は九月。
もうすぐカカシ先生の誕生日だ。それが今の俺の悩みの種。
もちろん誕生日が来るのはとても喜ばしいことだ。生まれてきたことを祝う日は大切であり、本来悪いことなど何もない。
恥ずかしながら恋人になって早数年。何度かお互いの誕生日を共に過ごしてきたが、それは思い出の詰まった大切な一日の一つである。
しかし、最大の問題は何を贈るかということ。
切れ味の良いクナイ、というのは以前贈ったことがある。
結果は散々だった。
いや、もちろんカカシ先生はすごく喜んでくれた。喜びすぎて、投げたクナイを危険を冒して取りに戻ったと人づてに聞いて、もう二度と贈らないと心に決めた。
それならば任務に持って行く消耗品はどうだろう、と贈ってみたこともある。
が、勿体なくて使えないと持ち帰ってきた日には、意味ないだろ!と頭を抱えた。叫ばなかった自分を誉めて欲しいくらいだ。
なので任務に関わるものは一切選ばないことにしている。
つまり日常使うものに限られる、ということだ。
しかしカカシ先生はあまり物欲のない人で、何か欲しいとか買いたいとかいう言葉を聞いたことが一度もない。
日用品だと生活の延長上でまったく特別感がなくてつまらないし、食べる物だとすぐになくなってしまって後に残らない。これ、という良い物が見つからなくて困る。
何か、何かないか。
日は迫ってくるし、気持ちも焦る。焦っては良い考えも思いつかない。
そこで外に出て実物を見ながら探すことにした。
とはいえ、なかなかピンとくるものはない。いくつか候補はできたけれど、これという決め手はなく迷ってしまう。
その時店先に並べてある物がふと目に入った。
明るくて色彩豊かな置物が所狭しと並べられていて、賑やかに見える。
いっそこの置物はどうだろう。疲れて帰ってきた時に、眺めてその日の疲れを癒す。気分が落ち込んでいる時も気持ちが浮き立つかもしれない。
なんだかすごく良い考えに思えた。
うん、いい。絶対良い。これにしよう!
そうと決まればどの置物にするかだ。
この色もいいが、あっちの色もいい。
色合いが違うとどことなく雰囲気が変わるからすごく迷ってしまう。
店先にしゃがみこみ、一つ一つ手にとっては戻し、戻しては手に取りを繰り返した。
「イルカせんせー。何やってるんだってばよ、こんなところで」
名前を呼ばれて振り返ると、そこには可愛い教え子。
思わず笑みが漏れた。
「うん、ちょっと迷ってたんだ」
「何を?」
「カカシ先生への誕生日プレゼント。こっちにするか、はたまたこっちか」
悩んだ末に二つに絞られた置物を指差す。
「え。それ……どっちかしか選択肢がないわけ?」
「最終候補なんだ。ナルトだったらどっちが嬉しい?」
そうだ、自分だけでは心許ない。人の意見も聞いてみよう。
「……俺はどっちも要らねぇかな」
その答えにショックを受けた。要らない、とは!
ま、まあナルトはまだ子供だ。これの良さが分からないんだ。
「じゃあ、またなイルカ先生!」
問題発言をしたナルトは気にも留めないで去っていった。
人の意見を聞いたおかげでさらなる迷いが生じる。
だが、自分の中ではもうこれしかない気になっていた。うまく理由は説明できないが。
なので思いきって購入した。
けれど不安が募るばかりで、他の知り合いにも見せて意見を求めてみたのだが、誰に聞いても全否定。
「ちょっ、何この前衛的なタヌキの置物!?」
「え。タヌキ、なのかコレ?」
「ないわー」
「絶対ないって。やめとけ」
賛成してくれた人は一人も居なかった。
そんな……どうしよう。
別の物に変えるべきか。でもせっかく選んで買った物が活躍しないままというのも忍びない。この置物は本来の使命をまっとうすべきだ。
カカシ先生に思いきって渡そう。
そう決意した。
「イルカ先生、これ美味しいですね〜」
笑顔で夕飯を頬張るカカシ先生。
その顔を見ていると、どんどんと思考が沈んでいく。いや、やってきたカカシ先生の顔を見た瞬間からすでに後悔していた。
なんだよ置物って。
しかもブツは色彩もかなりの原色が使ってある前衛的なタヌキの置物なのだ!!!
どうしてこれを選んでしまったのか自分でも分からない。きっと魔が差したのだ。それ以外ない。
もう絶対喜んではもらえない気がしてきてしょんぼりする。目にした瞬間の引き攣った顔を想像しただけでも涙が出てきそうだ。
「カカシ先生、あのー誕生日プレゼントは、そのー……」
どうしても口籠もってしまう。
「はいっ」
嬉しそうな顔がなおさら躊躇いを生む。
「何にしようかすごく迷ったんですが……渡さない方がいい気もしてきました」
「ええっ、なんでですか! せっかくのイルカ先生からのプレゼント、欲しいです」
もはや逃れようのない視線を感じ、できる限り目を合わせないように箱を差し出した。
「これ気に入らなかったら捨ててください……」
「やだな。俺がイルカ先生から貰ったものを捨てたことなんてないじゃないですか!」
カカシ先生が嬉しそうに包装紙を破り捨てていく。
たしかに今まではそうだった。
でも今日ばかりは例外になる。
蓋を開けた瞬間カカシ先生の驚きに見開いた右目が、次第に眇められ、みるみる表情が曇る様が目に浮かぶようだ。
「わあ、ありがとうございます!」
喜びに満ちあふれた声が聞こえてきて驚いた。
「え。う、嬉しいですか? こんなの貰って……」
もはや買った自分ですら『こんなの』扱い。
けれど、カカシ先生は笑い飛ばしてくれた。
「もちろんです。イルカ先生が悩んで悩んで悩んだ末に選んでくれたものが、嬉しくないわけないでしょ!」
「カカシ先生……」
「俺の宝物だよ」
その言葉に胸がぎゅっと締め付けられた。
俺が悩んだ時間すべてをひっくるめて受け止め、喜んでくれる。こんなに嬉しいことはない。
「カカシ先生、誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
こうして置物は末永くカカシ先生の部屋に飾られることになったのだった。
HAPPY BIRTHDAY!!