【57:ありがたき幸せ!】

報告書を持って廊下を歩いていると、目の前を黒いしっぽが横切った。
「イルカ先生! 今から受付に?」
「カカシ先生も今から報告ですか。お疲れさまです。そこまで一緒に行きましょうか」
ああ、ちょうどこの時間ここを通ってよかった。
並んで歩くという行為は楽しい。たとえ恋人同士であっても共に外出することがあまりないため、その機会は貴重だ。
イルカ先生もそう思っているのか、ちょっとした世間話までしたりして。
受付所までの短い距離を歩く足取りは軽かった。
「今日アカデミーの授業でね、四ツ葉のクローバー探しをしたんですよ」
「へぇ」
群生している場所でもよほど頑張らないと四ツ葉は見つからない。一見遊びのように見えて、観察力や探索継続能力を養うのにちょうどいい授業なのだそうだ。
子供の興味を惹きつつ鍛えるとは、アカデミーは大変だと思いつつ話を聞いていた。
「あ、そうだ」
ふいに声を上げ、イルカ先生が腰のポーチから何かを取り出す。
「そのとき見つけたので、カカシ先生にこれをあげます。俺の気持ちです」
差し出されたのは四ツ葉のクローバー。それはいわゆる幸運のお守り。
「イルカ先生の気持ち……俺が幸運に恵まれるようってことですか?」
「それもありますけど」
イルカ先生は微笑むだけでなかなか答えを教えてくれない。なんだろう。
「はっ、もしかしてハートが四つあるから、ただの好きじゃなくて四倍好きってことですか!」
四倍好き。
なんて素敵な言葉だ。
俺が悦に入っていると、イルカ先生が吹き出した。何か可笑しかった?
「まあ、間違いではないからそれでいいです」
「なんか引っかかる言い方ですね」
気になる。
でも間違ってはいないそうだから、それでいいんだろうか。
しばらく唸っていると、イルカ先生がぽつりと呟いた。
「やっぱりあげるのはやめようかな」
「ええっ、そんな!」
「だってたいしたものじゃないし……」
「そんなことありません!」
慌てて否定する。
イルカ先生が俺のために摘んできてくれたものが、たいしたものじゃないわけがない。それを貰えないなんて俺の存在意義にも関わる。
そう主張すると、イルカ先生は自分の手の中のクローバーを眺めた。
「いりますか?」
「いりますいります! 絶対いります!」
「そんなに欲しいんだったらあげようかなぁ、これ」
少しいたずらっぽい表情でクローバーをひらひらさせる。
思いきり何度も頷くと、ようやく差し出した俺の手の中に落ちてきた緑色。
「あげます」
「ありがたき幸せ!」
そっと胸ポケットにしまう。
大事にします、と言ったら、イルカ先生はとても嬉しそうに笑ってくれたのだった。


***

クローバーの花言葉
「私のものになって」「真実の愛」


[2006.05.13]