【63:ちょっと待ちなさい!】

どうしても教師になりたくて頑張ってきたイルカが、運良く私立の名門校に空きがあって採用が決まった。
それは、打ち合わせも兼ねて学校へ向かう日のことだった。
心が浮き立つのを押さえながら、イルカは運転に集中していた。ここを曲がればもう校舎が見えてくるはず。
念願の教師になれる。なんて運が良いんだ、俺は。
そう思いつつ、車のハンドルを切る。
その時、目の前がふっと陰ったかと思うとドンという音と衝撃が襲ってきた。
うぎゃー! なんだコレ!
ボンネットの上に何かが落ちてきたのだと気づいたのは、つんのめりそうになりながら条件反射で急ブレーキを踏んだ後だった。
急停車した反動のせいか、目の前の何かがぐらりとボンネットから道路へと落ちていく。
白い顔に目と鼻が見えて、人間だとイルカはようやく認識した。それが網膜に焼き付いた。
え、人? なんで人が降ってきて……っていうか、落ちてくよこの人!!
すべてがスローモーションで動いていく。
いわゆる脳にアドレナリンが大量発生している現象だ、とイルカは混乱する頭の片隅で冷静に分析する。
いやいやいや。それどころじゃない! 人が落ちてきたんだって!
慌てて頭を振って、車のドアを開けて叫んだ。
「だ、大丈夫ですかっ」
イルカが声をかけると、蹲っていた物体はむくりと起きあがった。
白い肌に銀髪。おまけに蒼い目をしている。
外人さんだ!
イルカはビビッた。
どうしよう、英語はからきしなのに。
すべてが日常からかけ離れた出来事で、大人にもかかわらず泣いて逃げ出したくなった。
が、相手はそんなことはお構いなしで、笑顔で答えた。しかも流暢な日本語。
「あ〜、大丈夫です。どこも怪我ないし。ご迷惑おかけしました〜」
それじゃ、と言って相手は去っていこうとする。
「ちょっと待ちなさい! いや、待ってください!」
事故だと最初は興奮していて痛みを感じないが、後から大変なことになった例はいくらでもある。
ここで一人で帰して、道端で倒れたりしたらどうするんだ!
イルカは必死に引き止めた。
「え。あ〜、ボンネットへこんじゃいましたね。すみません」
相手は見当違いなことで眉を顰めた。
「いやっ、それはいいんです! よくはないけど、今はそれよりも……」
怪我がないか心配だと伝えようとした瞬間。
「兄ちゃん、大丈夫だったか!」
割って入ってきた人物がいた。
青ざめたおっさんがわぁわぁ話す内容から察するに、どうやらおっさんの運転するトラックに追突された衝撃で彼はイルカの車の上に飛ばされ、落ちたらしかった。
「それよりも、このボンネットへこんだの、弁償してくださいよ〜」
商売柄警察は困るから示談でなんとかしてくれと泣いて頼むおっさんに、銀髪の男はイルカの車を指差した。
「えっ、いいですよ」
そんなことよりも早く病院へ行かないと、と気が焦っていたイルカは慌てて手を振った。
「よくないですよ〜。へこんだのはこの人が俺を轢いたからであって、結局この人のせいでしょ。ちゃんと弁償してもらわないと」
おっさんは示談で済むなら車ぐらいいくらでも直すと請負い、取引は成立してしまった。住所氏名をやりとりして、おっさんはそそくさと立ち去ろうとする。
「ちょっ、待っ……! せめて病院で診察してから……!」
イルカの制止も虚しく、おっさんは去っていった。
「これで弁償してもらえますね〜」
住所を書いたメモをひらひらとはためかせ、銀髪の男は言った。
「ホントに身体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ〜」
笑顔で答えられ、イルカの口からは溜息しか出ない。
本当に大丈夫なんだろうか、この人。脳みそがやられて、こんな脳天気なのでは。
心配でたまらないイルカは、男から目が離せなかった。
男はあまりにもイルカが見つめるので恥ずかしくなったのか、頬を染め後頭部を掻いて世間話をし出す。
「俺、そこの高校で教師やってるんですよ〜」
指差されたのはイルカの目指す学校だった。
「えっ、ええっ、ええええ〜」
こうして、うみのイルカとはたけカカシの出会った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あの時のメモ、まだとってあるんですよ〜」
カカシは言った。
だってあれがまさしく恋のキューピッドってやつですからねぇ、と。
イルカはのほほんとしたカカシの性格に、出会ってから不安に駆られることもありイラッとくることもあった。が、今ではかなり慣れたといえる。なんといっても、男同士で付き合うまでに至ったのだから相当なものだ。
しかし、それでもすべてを達観して見守るまでには至っていない。
「なに呑気なことを言ってるんですか。俺なんてトラウマになって、しばらく車運転できなかったっていうのに!」
自分が轢いてしまったわけではないが、車に人がぶつかる衝撃を思い出すと身体が震える。かなりトラウマは酷く、今でも運転しなくてよいならそれに越したことはないと思っているくらいだ。
「あ〜、ごめんなさい」
被害者だったカカシが謝る。
「そこで謝られたら俺の立場がないでしょうが!」
「立場って一体なんですか?」
「なんでもいいんです! 要は感覚です」
「はぁ。難しいですね〜」
カカシは言う割には困った風でもなく、笑っている。
ホント心配で目が離せない人だ。こう言っちゃなんだが、俺が一生面倒見てあげなくては!
イルカは決意も新たに拳を握りしめたのだった。



※四拾万打リク『カカシへたれ気味ギャグ高校教師パロ』
リクエスト達成度1%ですみません……
[2009.03.07]