長期任務で愛しい恋人に長い間会えなかったせいで、俺は報告書を出すと速攻で家へと向かった。
「イルカ先生、ただいま〜」
玄関の扉をどんどんと叩いて相手が開けてくるのを待つ間も、今か今かとワクワクしていた。早く顔を見たい、と。
しかし。
「お帰りなさ……」
出迎えてくれる笑顔が強張った瞬間、どうしようもなく不安に包まれた。
え、なんで?
今回の任務は雪の国で。流血だってあるにはあったが、最後には式典にも出席したから汚れた格好もしていないはずだ。
自分の全身を見回して不備がないか確認している時に、一言ぼそりと呟かれた。
「ありえない。ダサすぎ」
「イルカ先生?」
「そのマフラーの色、信じられません」
俺のマフラーがどうしたって? 一歩近づこうとするとすいっと後ずさられた。
「ちょっと寄ってこないでもらえません? 知り合いだと思われたくないから」
「え、え?」
「その巻き方もないでしょう。首に怪我でもしてるのかと思いましたよ」
もしかしてこのマフラーが駄目ってこと?
「え、でもこれ、俺のお気に入りだったのに」
そう言うと、イルカ先生は眉を顰めて顔を背けた。
「俺、センスのない人嫌いなんです。……別れましょう」
頭の中は、その言葉にエコーがかかって壊れたレコードのように繰り返される。
『別れましょう』
別れるってなに!?
「えええーっ!」
なんで、どうして。俺はこんなにイルカ先生のことを愛してるのに!
「今まで忍服以外の姿が微妙だと思ってましたが、ここまでとは……」
「格好なんてどうだっていいじゃありませんか!」
「度が過ぎると、好みの違いも性格の不一致になりますから」
そ、そんなぁ。
俺のセンスのなさのせいでイルカ先生に捨てらちゃうなんて!
「今すぐこのマフラー捨ててきますから、俺のこと捨てないで!」
無我夢中で腰にしがみついた。
捨てないと約束して貰えるまで絶対離すつもりはない。
「だってマフラーがないとカカシ先生は寒いでしょう?」
「ぜっんぜん平気ですっ!」
多少寒いくらいなんだっていうんだ。たとえ零下マイナス50℃だろうと絶対つけない覚悟だ。
「でもそのせいで風邪ひいたと言われても俺が困るし……」
「言いません!」
たとえ熱が40℃超えようとも言うもんか。
「……ずーっと使ってなくて捨てようと思ってたのだけど」
使います?と目の前に差し出されたのは真っ赤なマフラー。
「え」
「これだったらつけててもかっこわるくないでしょ」
これをつければ別れなくてもいいってこと?
おそるおそる触ったそれは、薄っぺらいくせにすごく柔らかくて暖かかった。
イルカ先生のお古をもらっちゃった!
嬉しくなって顔を埋める。しかし。
「……これ、本当にイルカ先生の?」
「そうですよ?」
「でもこれ、イルカ先生の匂いがしない……」
「つ、使ったことないからですよ!」
なるほど納得。
その時小さな白いものがついていることに気づいた。
「これ、値札がついて……」
最後まで言い切る前に、これが中忍かと思えるくらいのスピードで値札は奪われた。
「こ、これは、買ってからホント使ってなかったからっ」
イルカ先生はマフラーに負けないくらい顔を真っ赤にしていた。
もしかして、これお古なんかじゃなくて……
「イルガぜんぜえ〜、ありがどうございまず〜」
ぶわっと涙が溢れてくる。それと同時に鼻水がマフラーに垂れそうになった。
「ぎゃー!」
マフラーは死守したが、床に垂れた。
危なかった危なかった危なかった!
もし落としていたら死んでお詫びせねばならないところだった。
「あ〜もう、きったないなぁ」
イルカ先生が楽しそうに笑ってくれたのでほっと安堵の息を吐いた。
それから赤いマフラーは、どんな天気であろうとも俺の首におさまることとなった。
「どう? 似合ってるでしょv」
誰彼かまわず同意を求め、最後には道端を歩く猫にまで自慢して、俺は大満足だった。
◇ファッションセンスのないカカシはSさんへこっそり捧げます。