ある日の職員室での出来事。
「イルカ先生!」
「ひっ」
いきなり背後から抱きつかれた男は硬直して悲鳴を上げた。
「あれ? 違う……」
抱きついた男はそう呟いて、腕の中のものを離した。無情にも放り出された硬直する身体は、ごとりと音がするくらい勢いよく床に倒れる。
「わっ、ジロウジマ先生大丈夫ですか!」
俺が慌てて駆け寄ると、先輩教師は心臓辺りを手でグッと押さえているが、なんとか起きあがった。
ああ、よかった。
ぼわんと煙が上がり、ジロウジマ先生は俺の姿そっくりの変化を解く。それを見て、俺も変化を解いた。
「カカシ先生、なんてことするんですか!」
いつも突然と飛び付いてくるのは、ナルトと一緒だ。そんなところは似なくてもいいのに。
『そんな! 好きな人に触れたいと思うのはあたりまえじゃないですか!』などと言って体当たりしてくるのは如何なものか。
それでも周りにまで被害は広がったことはなかったので安心していた。
しかし、そうやって好きにさせていたのがよくなかったのかもしれない。今日は少々事情が違った。
授業の一環で、子供たちに変化した姿を見せて本物と偽物を見分ける実践を教えるために、ジロウジマ先生とお互いに変化して練習していたのだった。
そのせいでカカシ先生はまったく関係のない人に間違って飛び付いてしまった。
「まあまあ、イルカ先生。子供たちに見破られないようチャクラも真似る高度な変化だったから、間違えるのも無理ありませんよ」
「でも……」
「間違えるくらい似てたってことは大成功ってことでしょう?」
「あ、はい。そうですね」
「それにしても、さすがはたけ上忍。飛び付かれる瞬間まで気配を感じませんでしたよ」
ははは、と笑って許してくるジロウジマ先生と対照的に、カカシ先生の方はさっきから黙り込んだままだった。
その様子を見ていたジロウジマ先生に、周りには聞こえないようこっそりと耳打ちされた。
「イルカ先生もいろいろと大変ですね」
「は。いや、そんな……」
否定はしてみるものの、笑顔が引きつるのは仕方ないことだろう。
「とにかく、明日は頑張りましょうね」
「あ、ありがとうございました!」
去っていく後ろ姿を見送ってから、溜息をつく。
「カカシ先生、もうああいうことはやめてくださいね。人に迷惑がかかりますから。聞いてますか、カカシ先生!…………カカシ先生?」
そういえばさっきから全然反応がない。
間違えたことが恥ずかしくて黙っていたのかと思ったら、どうやら違うらしい。よくよく見れば、顔が真っ青になってブルブル震えていた。
「カカシ先生? 大丈夫ですか?」
心配して声をかけると、突然と叫び出した。
「俺は『はたけカカシ』失格だぁー」
「は? もしもし?」
何言ってるんだろう。
「イルカ先生を見間違うなんて!」
「見間違ったからって、なんで『はたけカカシ』が失格なんですか?」
「なんでって。はたけカカシはうみのイルカを心の底から愛してるが大前提なんですよっ!これじゃあ失格じゃないですか!俺はきっとニセモノなんだぁ」
「………………」
馬鹿だよ、この人。
よくそんなことを考えられるもんだな。どんな思考回路してるんだろう。
感心して眺めていたが、いつまで経っても嘆いて話にならない上忍に、いい加減放り投げたくなった。
「大丈夫。あなたはちゃ〜んと『はたけカカシ』ですよ」
「本当に?」
「ええ」
「ほんとのほんと?」
「俺が嘘言ったことありますか?」
カカシ先生はしばらく考え込み、
「ないです」
と頷いた。
それから、里一番の上忍はえへへ、と嬉しそうに笑った。
「イルカ先生のお墨付きがあれば、俺も安心です」
安心も何も、自分が自分であることは自分にしか証明できないわけで。人にお墨付きをもらうもんじゃない。
上忍任務もいつもこんな調子だったらどうしよう。
ほんとのほんとにこの人はこれで大丈夫なんだろうかと心配だ。