とある日の昼下がり。
アスマが上忍待機所で紫煙を燻らせていると、不機嫌丸出しの男が部屋へと入ってくる。
男の名前は、はたけカカシ。
正直、不機嫌な時に関わりたくないのはもちろんのこと、機嫌が良すぎる時も関わりたくないとアスマは思っている。カカシが感情を露わにするのは恋人であるイルカに関する可能性が高い。というよりそれがすべてと言っても過言ではない。
時には口喧嘩の愚痴を、時には惚気を聞かされ、耳にタコができるとはこのことかと30年近く生きてきてしみじみと実感した。だから、できれば関わりたくないというのはいたしかたないと言えよう。
誰か別の人間のところへ言ってくれないだろうかとアスマは考えた。
しかし、カカシがどさりとアスマの真ん前のソファーに座り込んだ時点で、それは儚い夢だった。
本人はむすっとしたまま、手に持っている小綺麗な包みを手持ち無沙汰に回してみたりしている。
「イルカ先生がさ」
「あん?」
「今朝から任務でいないのよ」
なるほど、それで不機嫌な訳か。アスマは納得した。
「そりゃあ、残念なこった」
とりあえず少しでも事態が悪化しないよう慰めの言葉を口にした。
「いや、それはいいんだよ。本当はよくはないけど、夜には帰ってくるし、我慢するってイルカ先生と約束したし」
「なら、何が問題なんだ」
「これ」
カカシが弄んでいた包みをぐいと差し出す。
「誕生日プレゼント」
「は?」
アスマはあまりにも聞き慣れない言葉に固まる。
そういえば今日は自分の誕生日だったか、と初めて思い至った。が、だからと言ってカカシの口からプレゼントなどという言葉が出てくるとは想像したこともない。
「だーかーらー。イルカ先生が昼間いないからアスマに渡しておいてほしいって預かってさー」
ふてくされて、それはもう嫌そうに手渡す。
よほど嫌だったのか、カカシはソファーからずり落ちそうになっている。
アスマは心底安心した。
カカシから贈り物なんて、明日は槍が降るのかと戦々恐々となった。が、イルカからというのなら話は分かる。
「『アスマ先生にはいつもお世話になっているから』ってイルカ先生がさ。もう! 髭なんてほっときゃいいのに」
「ははぁ、律儀なこって」
生真面目なイルカらしい。そういうことならありがたくいただいておこうとアスマは考えた。
後で礼を言わないといけないな、と思いつつ、包みを横に置く。これは帰ってからゆっくり開けようと思ったからだ。
が、じっと見つめる痛いほどの視線を感じた。
「で、何だよそれ」
目の前で開けて見せろと言外に匂わせる。
イルカがアスマに何かを贈ったという事実が気に入らないのだろう。せめてそれが何かを知りたいとカカシは焦っているのだ。
カカシの焦る様子が可笑しくて、アスマは少し悪戯心が湧く。
「帰ったら開けてみるさ」
意地の悪いことを言うと、カカシはさらに不機嫌になった。
「今、開けてみろよ。早く見ないと贈った人に対して失礼だろ!」
「わかったわかった。開けてみるから」
まったくガキだな。
アスマは心の中で笑った。
包み紙を破っていくと、
「ああっ、もっと丁寧に開けろよ」
とカカシが怒鳴る。
まったく面倒くせぇとアスマは思ったが、さっき刺激した分できるだけカカシに従うことにした。
中から出てきたのは。
「………………禁煙ガム」
「ぶぁっはっはっ」
カカシが笑い転げている。
「イルカの奴……」
「イルカ先生、サイコー!」
アスマが憮然とし、カカシが涙を流している時、紅が待機所へやってきた。
「何があったの」
二人の様子に紅が問うてくる。
「イルカ先生がアスマに禁煙ガムを贈ったんだぁよ」
さっきまでの不機嫌が嘘のようにカカシが上機嫌に説明する。
「あら」
紅が一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにくすりと笑う。
「イルカ先生ったら……優しいのね」
「何か心当たりがあるのか?」
「まあね。よかったわね、良い贈り物を貰って。私からのはまた後で」
紅は微笑んだまま、ひらひらと手を振って去っていった。
「何、あいつ。何しにきたわけ?」
「さあな」
二人は首を傾げたが、今の時点で答えは見つからなかった。
「とにかく、それ使えよ。せっかくのイルカ先生の贈り物なんだから」
カカシは笑い飛ばしたのがよかったのか晴れ晴れとした表情になり、さらに恋人馬鹿な一面をこれ以上なく発揮し、念を押すのを忘れなかった。
「はぁ。なんで禁煙ガム……」
呟くアスマがその理由を知るのはその日の夜のこと。
HAPPY BIRTHDAY!!