【抱きしめたい】


夕闇も迫る頃、道を歩いている二つの影があった。
受付が終わったイルカと、ちょうど任務の報告に来たナルトがばったり会って、一緒に帰ることになったらしい。
久しぶりに一緒に帰れるとはしゃぐナルトが、イルカの周りを行ったり来たりを繰り返す。
「ねえねえ、イルカ先生さ」
「うん?」
「どうして最近『うみの』って名乗らないんだってば」
「そ、そうだったか?」
「うん。聞いたことない」
「そうかっ。気づかなかったなー。はははは」
「なーんだ。気のせいか」
「そうそう。お前の気のせいだよ」
「そっか、へへへ。じゃあまたな、イルカ先生!」
「ああ。気をつけて帰るんだぞ、ナルト」
可愛い教え子が元気よく家路につく後ろ姿を見ながら、イルカはため息をついた。
「ごめんな、ナルト。嘘ついて」
もうすでに聞こえないのはわかっていて、そう呟く。
「もう俺、『うみのイルカ』じゃないんだ」
ガシッ。
後ろから抱きしめられて驚いて振り向こうとしたイルカだったが、肩に顎を乗せられてはそれもままならないだろう。
「そうですよねー。もう今は『はたけイルカ』ですもんねー」
そう言って俺は笑った。
「カカシ先生!」
「ただいま。俺の可愛い奥さんvv」
「おかえりなさい。任務お疲れさまでした」
「早く帰りましょ。俺達の家に」
「そうですね」
仲良く手を繋いで家路につく。


元暗部の上忍である俺「はたけカカシ」。
火影様のお気に入りのアカデミー教師である中忍「うみのイルカ」。
一見何の関わりもないようなこの二人だが。
実は俺達二人は夫婦なのだ。


「どーして結婚したこと公表したら駄目なんですかー。火影のじいさんしか知らないなんておかしいじゃないですか」
「だ、駄目です。そんな恥ずかしいこと!」
「えー。俺は世界中に言って回りたいのに」
「駄目です!止めてください」
こんな風にイルカをからかうのが、俺の密かな日課だった。
そりゃあ周りに自慢したい気持ちはある。だがしかし、それを常識人のイルカが嫌がるのはわかっていた。
男同士で結婚。法律的に許されていないわけではない。
だが忍びでは滅多にいない。なぜなら優秀な血を残すために子供を成すことができない結婚は、あまり推奨されていないのだ。まあ、付き合うぐらいならよく聞く話だが。
それゆえ真面目なイルカは結婚したことを忍びらしくないことと思い、少し恥じているところがあった。
俺にだってそれぐらいの常識はある。というかそれを思いやるぐらいの愛に溢れているといっていい。
でもこのぐらいの意地悪は許されるはずだ。
なんたって夫婦なんだしね。
「今日の夕飯はカカシ先生の好きな肉じゃがです」
「ああ、美味しそうだ。でもこっちの方がさらに美味しそうv」
イルカのつやつやとして柔らかそうな唇が目に入る。
うわー、ぷるぷるのつやつやだよ、この唇!マジで美味しそう。
ちゅ。
「カ、カカシ先生っ!」
「まあまあ。んーv」
これっ、これだよ!飯を食うより妻を喰う。これぞ新婚!
俺の長年の夢・イチャイチャパラダイス。
再び口を近づけようとするが、イルカの声に止まらざるを得ない。
「俺の料理は不味いですか?」
「えっ?」
「不味くて食べるのも嫌ですか」
「そんなことあるわけないじゃないですかっ」
「だって……」
言い淀む姿の愛らしいことといったら!
「もちろん食べますとも!イルカ先生の手料理が毎日食えるなんて、俺ってなんて幸せ者ー」
「そんなことありませんよ」
曇ってきていた顔が柔らかい笑顔に変わり、安堵する。
なんだかイルカの思うとおりに事が運んでいるような気もするが、それはそれでかまわないのだ。
笑ってくれるなら何でもしてあげたい。どんな我が儘も聞いてあげたい。
俺の大切な人だから。
「さ、食べましょうか」
「はい」


●next●


●Menu●