【もっと抱きしめたい】


今朝、ささいなことでイルカを怒らせてしまったらしい。
目玉焼きに醤油をかけるか、ソースをかけるか。
そんなどーでもいいことで。
「俺、ホントはソースかける方が好きなんですよねー」
と、つい口にしたばっかりに。
でも、まさかそこまで過剰に反応されるなんて思ってもみないだろう?
「どうして今まで言ってくれなかったんですかっ」
眼に涙を浮かべて抗議され、驚いた。
「え?え?ど、どうしたんですか?」
朝から新妻に泣かれる夫なんて、何の役にも立ちやしない。
ただオロオロと聞き返してはみるものの、一向に状況が把握できない。
なにがどうしたというのか。
結局遅刻するからという絶対的な理由の元に家を追い出された。
だが、気になって気になって一日中なにも手に付かなかった。
もう昼にはイルカ禁断症状が出てたまらなくなり、任務が終わった途端ナルト達を放り出して、アカデミーに足を向けていたのだ。
「ごめんなさい」
とにかく機嫌を直して笑って欲しい、とそれだけが頭にあった。
だが、それが伝わってしまったのかイルカの顔は曇ったままだった。
「カカシ先生は、本当に悪いと思っているわけじゃないでしょう」
「えっ。そんなことは…」
「いいんです。あれは俺が悪かったんです」
まさかそんなことを言い出すとは思ってもみなくて驚いた。
でもイルカの顔は無表情に近くて。
「イルカ先生。お、怒ったんですか……?」
「怒ってなんていません。ただ悲しくなっただけです」
そんな風に言われて胸が痛んだ。
怒られるよりも辛い。
下唇を噛み締めて震える姿を見て、どうしていいかわからなくなってしまった。
たしかにイルカの言っていることはよくわからなかった。なにを悲しんでいるのかさえ。
心の中の疑問はとうてい口には出せなかったが。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら笑ってくれるんだろう。
それだけが頭の中をぐるぐる回っていた。


そのままなんとなく気まずいまま、それでも一応一緒に歩いて家に帰る。
いつもより一歩引いて後ろからついてくるイルカに、悲しくなる。
そんな時にふと道行く男に声をかけられた。
「カカシじゃないか」
「ん。よう、久しぶりー」
以前、暗部で一緒にいた同僚だった。
一瞬チカッと光ったため、何かと思ってよく見れば、指にはめた指輪だった。
「あれ?お前、結婚した?」
「ああ。この前な」
「へー、おめでとう。じゃあ、付き合ってたあの娘?」
「いや、あいつとは別れたんだ」
「そうか。奥さんどんな人?」
「どんなって、普通の女だよ」
最初照れているのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
どうでもいい、と言わんばかりの態度だった。
「カカシ。お前、結婚するなら恋愛対象じゃない女とするのが一番だよ。恋愛してると盲目になって、相手に望みすぎていずれ破綻する。最初から望まない人間と結婚すればいいんだ。お前にも俺が誰か紹介してやろうか」
たしかこいつは付き合ってる彼女といろいろもめていた。
愛しているなら暗部をやめてほしいと言われていたのが一番の原因だったはずだ。
彼女は側にいることを望み、奴は里で大人しく待っていることを望んだ。
結局それで別れてしまい、そんなことを望まない女と結婚したのか。
結婚は愛していない人とすれば、一生平穏無事に暮らせる。
相手に過剰な期待もしないし、夢見すぎて意見がくい違うこともない。
ずっと心穏やかに過ごせる。
ある意味正論だ。
だけど。
「それはそれで幸せかもしれないけど。
でも俺は我が儘で欲張りだから。
名前を呼ばれるだけで息が詰まるくらい嬉しかったりとか。
その姿を見るだけで心臓が止まりそうなくらい愛しかったりとか。
二人で居るだけでわけもなく泣きそうなくらい幸せだったりとか。
そんな生き方を手放したくはないよ。
そのためだったら意見が食い違って喧嘩しても、仲直りする努力を惜しんだりしない。
だってそうじゃないか?いいものは何の努力もなしに手に入らないよ」
相手はしばらく黙ったままだった。
どう思ったかなんてわからない。
でも、俺はそうだったから。
だからイルカと結婚したんだから。
「俺は、世界で一番好きな人と結婚するって昔から決めてるんだ。だから紹介してくれなくてもいいよ。悪ーいね」


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