【無くなったりしないもの】


「カカシ先生、出来ましたよ。食べましょう」
「はーい」
食卓の上に並ぶ料理を見て、ふと手を止めた。
「あれ?これ、嫌いでしたか?」
不審に思ったのか、イルカ先生がそんなことを言う。
「いえ、大好きですよ」
自分でも何がひっかかったのかよくわからなかった。
何かあったような気がする……。
ああ、そうか。
このメニューは…あの日とまったく同じなんだ。
そう思い至って納得がいく。



あれはつきあい始めてまもなくの頃だった。
その頃の俺は、イルカ先生が自分とつきあってくれるという事実に慣れていなかった。
先生が俺を可哀想に思って、受け入れてくれたのだと思っていた。
そしていつか離れていってしまうと考えていた。
だからイルカ先生の与えてくれるものに貪欲で、何でもかんでも欲しがった。
そんなある日、イルカ先生の家で夕飯をご馳走になることになった。
初めてのことで俺はかなり興奮していたのだと思う。
出されたものは何でも食べた。本当に餓鬼のように食べたような気がする。
食べても食べてもおかわりをした。
だってあの時はもう二度とこんな暖かいモノは食べられないと思っていたから。次はもうない気がしていた。
その時イルカ先生が言ったのだ。
「まるでお腹がいっぱいになって両手にもまだ持っているのに、それでも欲しがる子供みたいだ」
「だってその時に食べておかないと、もう食べられないかもしれないじゃないですか」
「大丈夫ですよ。まだまだたくさんあるし、無くなったりしません」
「でも……」
「そうですね。すぐには信じられないかもしれません。でもいつかわかります、無くなったりしないってことが」
それは目の前の食事のことだけを言っているのではない、と理解する。
いつも持病のようになってしまっている俺の不安を取り除こうとしていることも。
イルカ先生の優しい眼差しを感じた。
俺の心は守られている。
いつも。この人に。
信じてもいいだろうか。
いつまでも一緒にいられる、と。



「カカシ先生。思い出し笑いはいやらしいですよ。何を思い出してたんですか?」
「たくさんあって無くなったりしないもの、ですよ」
「は?なぞなぞですか?」
「いえ、いいんです」
にへっと笑うと
「くわえ箸はいけません」
と叱られた。
イルカ先生の言うとおり、俺はいつしか信じられるようになっていた。
駄々をこねる子供に根気よくしつける母親のように、いつも言い聞かされたから。
あの日の食事がきっかけだった。だからなんでもないメニューを覚えていたのだ。
あの頃はどんなものでも無くなってしまうと信じていた。
でも今は。


無くなったりしないもの。



END
2002.04.20


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