【七輪で秋刀魚】

四拾万打リクテーマ『カカシが幸せでラブラブな感じの話』


狭いながらも楽しい我が家。本日の任務も終わってイルカ先生の待つ家へと急ぐ。
今日は珍しく簡単な任務で早く帰れる。イルカ先生が受付所に居なかったのは残念だったが、家で待っていてくれるかと思うと心も弾む。
家はもうすぐそこ、というところで気づいた。
煙臭い。
何かが焦げてるような臭いもする。
どう考えてもそれは家の近くから発生しているように感じる。
すわ、火事か!と慌てて道の角を曲がって、脱力した。
イルカ先生が家の前の道端で七輪に向かってしゃがみ込み、片手に持った団扇で必死に仰いでいたからだ。
「何やってるんですか……」
「あ。おかえりなさい、カカシ先生!」
イルカ先生は振り向き、にこりと笑った。
いや、その笑顔は爽やかで非常に可愛らしくて惚れ惚れするのだけれども。煙がはんぱじゃない。風下に位置する俺としては涙出そうなんだな、これが。
「ナイスタイミングです。もうすぐ焼けますからねー」
「は? 何が?」
いったい何が焼き上がるというのだ。
ひょいと覗き込むと、なんと七輪の上には脂がのった秋刀魚が鎮座していた。
「これ……」
「カカシ先生、今日お誕生日でしょう。特別なものなんて何も用意してないけど、せめてこれぐらいはと思って」
誕生日なんてものはすっかり忘れていた。言われてみれば、ぐらいの感想しかない。それよりも秋刀魚を焼いてくれたことに対して驚いた。
前に食べたいなぁと言ったことがあるのだ。
七輪で秋刀魚を焼くのをTVでやっていて、それはそれは美味そうだった。
じゅうじゅうと音を立てて炭火に落ちていく脂。
ぱちぱちと炭が爆ぜる音。
あれはガスコンロで焼くのとは一味違うんだろうな、と思わせる映像だった。
けれど、あの時イルカ先生は言ったんじゃなかったか。炭を熾すところから始めなきゃいけないから面倒くさくて嫌だって。七輪なんてどこに仕舞ったかなぁなんて言ったんだ。
それを聞いて俺も諦めた。だいたい七輪なんて外で焼かなきゃ一酸化炭素中毒になってしまう面倒な代物だ。イルカ先生が嫌がるのも無理はない。かなり残念ではあったけれど。
「できた! さ、早く食べましょう」
ぼんやりしているうちに焼き上がったらしい。イルカ先生が早く早くと家の中へ促している。
熱々のうちに食べないと意味ないですよ!と言うので、そりゃそうだ急がないと!と俺も慌てた。
慌てるあまり七輪をそのまま持ち上げようとして火傷しかけた。
「あちー」
「大丈夫ですか!」
うわー、なんてかっこわるい。
「珪藻土で出来た七輪だと素手で触っても熱くないらしいけど、うちのはそんな高級品じゃない古ぼけたやつだから……」
ごめんなさい、とイルカ先生が謝る。
自分の失敗だったのに逆に謝られて、俺はおろおろした。
年季の入ったその七輪は、もしかしたらご両親が生きていた頃から使っていたものかもしれない。それなのに俺ってやつは!
「や、大丈夫です! ホント大丈夫だから。冷めないうちに早く食べましょうよ」
手をぶんぶん振ってそう言うと、イルカ先生も焼きたての秋刀魚が気になったのか頷いた。


ちゃぶ台の上に載っているのは今晩のメニューだ。
さっきの秋刀魚。茄子の味噌汁。小松菜と厚揚げの煮びたし。ひじきの煮物にかぼちゃのサラダ。それに湯気の立つほかほかのご飯。
「せっかくの誕生日なのに普段通りですみませんね」
イルカ先生は申し訳なさそうに謝る。
でもそんなことはない。
俺のために手間を惜しまず美味しく焼かれた秋刀魚。
好きな人と囲む暖かな食卓。
そして、ささやかな願いを叶えてもらい、この世界に生まれてきた日を祝ってもらうのだ。
なんて幸せなんだろう。
「ううん、そんなことありません。こういうのが夢だったんです。すごく、すごく幸せです」
それはよかった、とイルカ先生は微笑んだ。
その笑顔で俺はさらに幸せになり、熱々の秋刀魚にかぶりついたのだった。


HAPPY BIRTHDAY!!
2008.09.15


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