【絵姿女房・前編】


 昔々あるところに、カカシというものがおりました。この辺りではちょっと変わり者と有名で、歳はもう二十六にもなるのに誰も嫁に来る者もなく、小さな掘っ立て小屋に一人で住んでいました。 どしゃぶりの雨と吹き荒れる風で外は酷いことになっているある晩のこと。
 小屋の扉をとんとんと叩く音がしました。
 最初は吹き飛ばされてきた桶でもあたっているのかとカカシは思いましたが、そうではありませんでした。戸板の前から風に混じって微かな声が聞こえてきます。
「ごめんください」
「はいはい。どちらさま?」
 カカシは戸の側まで行って尋ねました。
「通りすがりの旅の者です。この嵐で難儀しております。どうか今晩ひと晩泊めていただけませんか」
 嵐でガタガタとうるさい中、風に負けないよう叫んでいるようです。そうすることによって、騒音の中ようやく声が聞こえてくるのです。
「そりゃあお困りでしょう。まあ、うちみたいな小屋でよければどうぞ」
 カカシはそう言って引き戸を開けました。外には、びしょぬれの鼠のようになっている蓑と笠を身につけた青年が立っていました。カカシが手で招くと、丁寧にお辞儀をしながら入ってきます。
「ありがとうございます。助かりました」
「いやいや、困った時はお互い様。さあどうぞ。ああ、濡れた簑や笠はそっちの柱の釘に引っかけておいてください」
 カカシは何か身体を拭くものはなかったか、と狭い小屋の中を見回しながら言いました。
「はい、わかりました」
 青年は笠と蓑を外した後、濡れた身体のまま上がってはいけないと礼儀正しく立って待っています。
「これでよければ拭いてください」
「何から何まですみません」
 青年がカカシの差し出した手ぬぐいを受け取ろうと手を伸ばした瞬間、手ぬぐいがぽとりと床に落ちました。見ると、カカシがぶるぶると手を震わせているではありませんか。
「あの……どうかされましたか?」
 黙ったまま驚愕の表情で見つめてくるカカシに、不安になった青年は恐る恐る尋ねました。気分が悪いのだろうかと思いながら、カカシに向かって手を伸ばそうとします。しかし、それはカカシ自身によって阻まれました。
「ごうかーっく」
 カカシは嵐にも負けないくらいの大声で叫び、青年の両肩をガッと掴みました。
「ひっ」
 青年は驚きのあまり叫んでしまいました。
「あなた合格ですよ!」
「え。な、何が?」
 何が起こったのかわからない青年は、驚き戸惑うばかりです。
「たとえて言うなら、その泣きそうな子犬のような黒い瞳。どこでつけたかわからないような印象的な鼻傷。くくって良し、ほどいても良しのちょうどいい長さの黒髪。決して美人というわけではないけれど、醸し出す雰囲気すべてが俺の好みにどんぴしゃです!」
 興奮してまくし立てるカカシに、青年は
「は、はぁ」
と返すしかありません。
「いや、これほど理想的な人に出会えるとは思ってませんでしたよ。これが運命の出会いってやつですね!」
「あの……」
青年は何か言おうと口を開きましたが、カカシが板の間に上がるようしきりに背中を押すので、青年はとりあえず上がらせてもらうことにしました。嵐のことを考えると、今さら外へ出て行くわけにもいかないからです。座布団を勧められてありがたく座ります。
「そういえばまだお名前も聞いてませんでしたね、俺としたことがっ。あ、人に名前を尋ねる時にはまず自分の名前が礼儀ですね。俺はカカシと言います」
 カカシが名乗ってぺこりとお辞儀をすると、青年も慌てて深々とお辞儀を返します。
「すみません、宿を借りるというのに名前も名乗らずに!俺の名前はイルカです」
「イルカさんですかー。可愛い名前ですね。ますます好みだ」
 にこやかに話すカカシとは正反対に、イルカは戸惑いを隠せません。男の自分に向かって可愛いだの好みだのと言われてもどうしてよいのかわからなくて、正座のままそわそわとしてしまいます。それでも、囲炉裏の火がぱちぱちと爆ぜるのを聞いていると、冷えた身体がだんだんと暖まってきてほっと一息つくことができました。
 しかし、そのときカカシが口を開きました。
「イルカさん。突然ですが、俺と結婚してください」
「は?」
「ここにお嫁に来てもらえませんか?」


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