【いつだって前途多難】


「あれー、シカマル君?」
「あ、お久しぶりっす」
街角で偶然会ったのはカカシ先生だった。七班の上忍師であり、木ノ葉の里でも重要な位置を占める忍びだ。
猫背で顔の大部分を隠した姿は、ぱっと見にはそうは見えない。いっけん怪しい風体だが、優秀な人だと思う。
ぺこりと頭を下げると、気さくに話しかけてくる。いうなれば世間話だけど、七班の連中のあれやこれや、それからイルカ先生のこと。
そう、はたけカカシはうみのイルカと付き合っているのだ。
最初聞いた時はもうビックリして言葉もなかったけれど、今では周知の事実だ。
「そういや、この前のバレンタインデーでしたっけ。カカシ先生だったらたくさんチョコ貰ったんでしょう?」
「あー。本命からしか要らないって断ったーよ」
そう、カカシ先生はイルカ先生にベタ惚れ。周りの人間ならよく知っている。
断ったというのも納得出来た。
「へえ、じゃあ残念でしたね。本命から貰えなくて」
イルカ先生がそういうことをするとは思えなかった。アカデミー時代も勇気を振り絞って渡した子のチョコを、義理チョコと間違えて受け取るというのはザラだった。そういう恋愛行事に疎いんだから。
てっきりチョコなど用意してなかっただろうと予測したのだ。
「え? ちゃんと貰ったよ?」
「ええっ!」
それじゃあ、あのイルカ先生がちゃんとチョコレートを買ってきて、カカシ先生に渡したのか。
この時期、女ばかりの売り場へ行くだけでも恥ずかしいだろうに。よく買ってきたな、と感心する。俺なんかにはとても無理だ。
「どんな風に貰ったんすか」
「夕飯のカレーにね、チョコが入ってたんだよー」
「え」
それ、隠し味じゃなくて?
ただの勘違いじゃないか。
「いつもはそんなの入れない人だもん。わざわざ買ってきたに決まってるよ。愛だよねぇ」
自信を持って断言された。
愛、愛なのか。
そりゃまた分かりづらい愛だな。普通カレーにチョコが入ってるかどうかなんて分かんねぇよ!
上忍のカカシ先生だから気づいたけれど、気づかなかったらどうするつもりだったんだろう。
いや、イルカ先生のことだ。気づかなければそれはそれでいいと思ったのかもしれない。
ていうか、隠し味ってことはいわゆる世間一般でいうチョコの形をしてないってことだよな。
「イルカ先生は恥ずかしがりやさんだからねぇ。いいんだ、俺は形には拘らない質だから」
形には拘らない。でもその象徴であるチョコは欲しい。
なんだか矛盾している。
が、人間なんて矛盾してる生き物だから、それでいいのかもしれない。
「でね。お返しはどうするのがいいと思う?」
頭の良い君の意見が聞きたいんだ、とカカシ先生は言う。
知らないよ、そんな恋愛の対処法は。俺の考えるのは作戦であって恋人攻略法じゃない。
が、たとえ事実であろうがそんなことを言える雰囲気じゃなかった。期待に満ちた右目に嘆息する。
これからの円滑な任務遂行のために何か答えなくてはいけない。
中忍も楽じゃない。
「……相手がカレーならこっちはシチューでいいんじゃないっすか」
「なぁるほど! さすがシカマル君。頭いいねぇ」
ホワイトデーだもんね!と相手はしきりに感心していた。
答えをお気に召していただけてよかった。これでこの会話から解放される。考えたのはそれだけだった。



「お、シカマル?」
「お久しぶりっす、イルカ先生」
「ホント久しぶりだなぁ。元気だったか?」
「はい。イルカ先生は……あんまり調子よくなさそうですね」
ちょっと顔色が悪い。もしかして過労じゃないか、と心配になる。
「大丈夫。ちょっと胃の調子が悪いだけだから」
気にするなと言われたが、ちょっと良くない予感がする。
「もしかして、昨日のホワイトデー、何か変な物でも食べました?」
そう尋ねるとイルカ先生は苦笑した。
「実は。なんだか分からないけど、ホワイトシチューだって言って、シチューのルーの代わりにホワイトチョコレートを放り込んだものをカカシ先生に食べさせられた……甘すぎてまだ胸焼けなんだ」
思わず頭を抱えた。
シチューというより野菜のホワイトチョコレート煮。聞いただけで吐き気がしそうだった。
ごめん、イルカ先生。
もっと先の手を読んで考えるのは将棋の定石なのに。考えが及ばなかった俺のせいだ。
先日の件をイルカ先生に説明して謝ると、笑って許してくれた。
「仕方ないさ。だってあの人の反応は、俺やシカマルの想像の範疇外なんだから」
そうかもしれない。
そして、その弟子のナルトも師匠譲りの性格だということに思い至り、少々暗い気持ちに陥る。いろんな意味において俺の安らかな人生設計は前途多難だ。


END
2011.03.14


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