【ラーメンパラダイス・後編】


一楽の閉店時間まで、通りの反対側の屋根の上から気配を消して店を監視する。終わったと同時に侵入すればいい。
夜も更けた頃、常連らしい客も帰り、オヤジさんがのれんを降ろしている。いつも手伝っている看板娘は夜遅いせいか見かけない。チャンスだ。
そっと近づくとピリッときた。よく見れば、四隅に貼ってある札によって簡単な結界ができている。
普段ラーメンを食べに来ていたときには気づかなかった。もしかしたらのれんを降ろしたときに素速く張られたのかもしれない。油断していたつもりはなかったが、気づかなかった。
これはさらに気を引き締めていかねばならない。
結界といっても、写輪眼を回して時間をかければ解けないことはない程度。しばらく格闘し、するりと中に入った頃にはもう仕込みは始まっていた。
しまったと思い、慌てて一歩前に進んだ瞬間。
足に銀線がひっかかった。トラップだ。
細かい針が飛んでくるのを躱そうと動いた先の、まさに足を降ろす場所にあらかじめマキビシが撒いてある。なんとか踏みとどまろうとするところにクナイが飛んでくる。次々と連動しているトラップを躱すのが精一杯だった。
ようやく止まったかとホッと一息ついた時、目の前にイルカ先生がいた。
「カカシ先生、駄目ですよ。覗き見はいけません」
笑顔と共に教師らしく注意される。
どうしてここに?と首を傾げていると、イルカ先生は近づいてくる。
人差し指で額をちょんと突かれた途端、店の外へと吹っ飛ばされていた。
「あれ?」
幻術だった。
さすが元食料維持班長。トラップと幻術の複合技にまんまとひっかかってしまった。
呆然と座り込んでいるとオヤジが店から出てきた。
「なんだ、誰かと思ったらカカシさんか。いくらアンタでも、悪いがうちのラーメンの秘伝は教えてあげられないぜ」
一度失敗すれば、次回からは警戒されて警備が厳しくなり、もう侵入するのは無理だろう。今日がチャンスだったというのに。
計画は丸つぶれだった。せっかくのいいアイディアが水の泡と消えた。
「うう、イルカ先生の誕生日が……!」
何事かと見つめるオヤジの前で、俺は泣き崩れた。
事情を説明すると、不審げだった表情が好意的に変わる。
「ほぉ、イルカ先生への誕生日の贈り物かい。……よし、わかった!その心意気に感動した。秘伝伝授は無理だが、出張してスペシャルラーメンを作ってあげようじゃないか」
「えっ、ホントかオヤジ!」
「もちろん。いつも美味そうに食べてくれるイルカ先生のためだ、一肌脱ぐぜ!」
なんていいオヤジだ!
さすがラーメンに命を賭けてるだけはある。ラーメンを愛する者に寛大な男だ。
秘伝はコピーできなかったが、事の成りゆきに俺は大満足だった。


いよいよ当日。
イルカ先生の仕事が終わるのを門の前で待ち伏せて、声をかけた。
「イルカ先生。今日は一楽のラーメンでもどうですか?奢りますよ」
「わ、いいですね」
何の疑問も抱かず、簡単に誘いに乗ってきてくれた。久しぶりだからすごく楽しみです、と頬を紅潮させて喜ぶ姿は、計画が順調に進んでいる証拠だ。
意気揚々と二人で一楽へ向かうが、もちろん店は閉まっている。

『都合により休みます』

張り紙がしてあった。
「今日は一楽休みなんですね……」
残念そうに店を見つめるイルカ先生。
ラーメンと聞いたときから、もう頭の中はラーメンで占められていたのだろう。
もはや今日の気分はラーメンのはずだ。ここで残念であればあるほど、この後の感動は間違いなし!
「なんだかもう他のものを食べに行く気分じゃないし、家へ帰りましょうか」
「そうですね」
よし、よっし!順調だ。
家にはもうすでにオヤジさんが待機している。お湯を沸かして準備万端。さっき門の前でイルカ先生の姿が見えたときに忍犬を知らせにやったから、到着する時間を逆算してもう麺を茹で始めてくれている頃だろう。
ガッカリして少し沈み気味のイルカ先生とは正反対で、俺はうきうきとステップを踏み出しそうな勢いだった。
家に辿り着き、玄関の戸をココココンとノックした後、ドアノブに手をかけたままちょっと深呼吸する。
俺の行動を不思議そうに見つめるイルカ先生に向かって、緊張気味に笑みを浮かべた。気に入ってくれるといい。
「さ。入りましょう」
「は、はい」
俺の緊張が伝わったのか、イルカ先生も身構えている。
ドアを開けた瞬間。


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