【恋の花咲く勘違い2】


でも、そんな心配はきっとただの取り越し苦労だ。
不安にはなったが、何の証拠もないでまかせだ。髭熊なんてありえない。
思いきり頭を振ってよくない考えを振り落とし、いつものように誘う。
「イルカ先生、今日飲みに行きませんか」
今日は残業がないのも調査済み。
そりゃあもちろん、あるのを知ってても誘い、断るときの申し訳なさそうな表情をあえて堪能するという日だってないことはないが。一緒に飲めるに越したことはない。今日はどこの店へ行こうかと気分も浮き立った。
だがしかし。
「あの……アスマ先生も誘っていいですか?」
返ってきた言葉はかなりの衝撃を与えてくれた。
嘘だ。今のは聞かなかったことにしたい。
「え。アスマも一緒にですか?」
もちろん間違いですよね?という思いを込めて聞いたが、力強く頷かれ地面にめり込みそうになった。
それをなんとか堪え、必死に断る口実を探す。
「でもアスマもそんな暇じゃないし……」
っていうか、たとえ奴が死ぬほど暇だったとしても誘うわけがない。むしろそんなに暇なら俺が殺してやってもいい。
そう考えていたらいつの間にかアスマがやってきて、俺が口を挟む暇もなくイルカ先生が奴を誘い、一緒に飲みに行くことになってしまった。
なんて気の利かない男だ! ここは『用事があるから』とか何とか言って断るところだろ!
もうこうなったら無視だ。
アスマなんて居ないものだと思えばいい。ここにいるのはイルカ先生と俺の二人だけだと思えば楽しく飲める。
そのためにはイルカ先生の隣に座るのは当然俺。
決してアスマとしゃべらせないよう遮っていれば大丈夫だろう。しゃべらなければデカイ図体だって置物と同じ。邪魔だと分かっているのにのこのこついてきた男のことなんか何も気にすることはない。
イルカ先生の好きな焼き物、サラダ、お造りに日本酒。いつも通り親切を前面に押し出してあれこれ勧めていたのだが、だんだんとイルカ先生の表情が曇ってくる。
そんなにアスマとしゃべりたかったんだろうか。
でもだってイルカ先生!
髭の生えた熊なんかとしゃべって何が楽しいんですか! 俺の方が絶対絶対いいに決まってるのに。
しまいには「もうそろそろ帰ります」とまで言われ、ショックを隠しきれない。
そんな! 髭と二人で残されたって何が楽しいんだ。イルカ先生と一緒じゃなければ意味がないんですよ!
思わず縋るように見上げると、気持ちが通じたのかさっきよりもぐっとイルカ先生の表情が和らいだ。
ああ、よかった。
ほっとするあまり、これからまた二人で飲みに行けばいいんだから今日ぐらい髭が居てもいいかと寛大な気持ちにすらなった。
が、それは甘い考えだった。
それから二人でなんてことはまったくなく、いつも三人で飲みに行く羽目になった。
何故だ。どうしてこんなことに!
二人っきりで親密度を上げていくはずが、常に三人で行動だなんて。
俺の友人だから気を遣ってくれているのだと思いたかった。
が、最初の頃ならともかく、できうる限りアスマは無視していれば俺があいつを呼びたくないと分かるはず。それなのに敢えて誘うということは……まさか俺はただのついでか誘いやすくするためのだしで、あくまで目的はアスマなのか。
イルカ先生がアスマに話しかける度に、その疑惑は増すばかりだ。
いや、話題は子供たちの話ばかりだし、きっと俺の気のせいだ。
アカデミーを卒業したばかりの元生徒が心配だから髭の話を聞きたがるんだ。子供思いの人だもの。
そうだ、そうに違いない。
前の前が明るくなった気がする。
ホッと一息ついて、ビールジョッキに口をつけた瞬間。
「アスマ先生はどんな人が好みのタイプなんですか?」
ブーッ。
ビ、ビールが気管に入っ……!!
鼻の中までビールまみれ。しゅわしゅわと発生する炭酸の苦しいことといったら! 死ぬかと思った。
あまりの苦しさに、イルカ先生に背中をさすられていたらしいと気づいたのはかなり後になってからだった。俺の馬鹿……せっかくのチャンスを。
しかしビールで窒息死なんてみっともない真似は避けられたのだから、良しとしなければならない。
それよりも重大な問題が残されている。
「アスマの好みのタイプって……なんでまたそんな」
そんなもの生きていく上で知る必要なんてまったくない。俺の中のどうでもいい事ベストテンに入れてもいいくらいだ。
「えっと……今後の参考のために」
視線が泳ぐイルカ先生。
参考って何の。
自分がアスマの好みのタイプかどうか知りたいってことなのか!
そんなの嘘でしょう!?と言いたかった。


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2007.11.11


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