【勘違いは恋の素3】


週末のせいでどの店も混んでいて、何軒目かの居酒屋でようやくカウンター席が三つ空いていた。
アスマ先生が真ん中なら両側からしゃべりやすくていいだろうと思ったのだが、カカシ先生がさっさと真ん中の席に座ってしまい、俺からアスマ先生に話しかけづらくなってしまった。
俺がアスマ先生の隣に座るのを快く思っていないのだろうか。そんな心配は要らないのに。
でもたしかに嫌なものかもしれない。好きな人の隣は常に自分でありたいと思うものだ。カカシ先生の行動もそんな恋するが故と思うと応援したくなる。
応援の想いを込めてカカシ先生へ向かって微笑むと、恥ずかしそうに頬を染めた。そう見えただけかもしれないけど。いや、そうに違いない。頑張ってカカシ先生!
けれど、当のカカシ先生はなぜか俺にばかり話しかけてきて、アスマ先生の方を全然見ようとしない。
「イルカ先生は最初はビールですよね」
「あ、はい」
「あ。今日はいいホッケが入ってるんですって。頼みましょうか」
「ええ、いいですね」
「ナスのピリ辛サラダですって! この前イルカ先生、美味しいって言ってたでしょ。今日も食べましょうよ」
メニューを見ながら俺の好きなものばかり注文し出すカカシ先生。
それはいつもの風景だったが、今日もそんな調子ではよくないだろう。俺の面倒を見るよりもアスマ先生のお世話をしてあげた方がいいに決まっている。
それなのに、ほとんど隣を無視という今の状況は居心地が悪い。
「あの、アスマ先生は……」
俺から何とか声をかけようとしたが、カカシ先生の身体に遮られてアスマ先生の姿を見ることすらなかなか難しい。
カウンター席だったことが恨めしかった。
「アスマはかまわれるのが嫌いなんですよ。自分の好きなときに好きなものを自分で頼みたいタイプなんで。なぁ、アスマ?」
店に入ってから初めてしゃべったのではないかと思われる問いかけに、アスマ先生も頷いた。
「あ〜……まぁな。そういうわけだからイルカ、こっちはあんまり気にするな」
よかった。アスマ先生がメニューを見ながらちょっと震えているような気がしたのは、気のせいだったんだ。
カカシ先生は好きな人のことをよくわかってるんだなと感心した。
よく考えてみれば、今まで友達付き合いのある二人。あたりまえだった。
そうだよな、長い付き合いだものな。
けれど、そこではたと思い至った。
そうだとしたら、俺なんかがどう協力するっていうんだ。
だいたい何の展望もなければ何の計画もない俺が、おこがましくも飲みに誘おうだなんて間違っていたのかもしれない。
だんだんと暗澹たる気持ちになってくる。料理を食べても美味しく感じられず、飲み込むためだけに噛み砕くだけ。ずっと話しかけてくるカカシ先生の声も碌に耳に届かなかった。
ここにいる意味がないことにようやく気づいた俺は、居たたまれなくなって頃合いを見計らって立ち上がった。
「俺、明日も早いので、もうそろそろ帰ります。お二人はまだゆっくり楽しんでください」
「イルカ先生、帰っちゃうんですか!」
カカシ先生の縋るような瞳に戸惑う。
すごく心細そうな表情。いつもは優しくて人一倍しっかりしたカカシ先生が。
それを見てハッとした。
そうか! カカシ先生はきっとアスマ先生を前にすると緊張してしまうに違いない。恥ずかしいから俺にばかり話しかけてしまうんだ。
そんなにアスマ先生のことが好きなんだなぁ。二人っきりになると好きすぎて碌に話ができないくらい。
恋をして自分の気持ちを自覚した途端、前のように振る舞えないというのはよく聞く話だ。カカシ先生も誰かが居れば少しは安心できるだろう。
「じゃあ、もう少しだけ……」
俺なんかが居るだけで少しは気休めになっているというのなら、協力するのは当然。
すごくほっとした表情のカカシ先生を見て、自分の考えが間違っていなかったのを確信した。
カカシ先生が慣れて一人でしゃべれるようになるまで、これからもっとアスマ先生を誘って飲みに行こう!と決意を新たにしたのだった。


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2007.06.16


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