【勘違いは恋の素12】


「おはよう」
朝同僚に声をかけると、振り返って挨拶が返ってくるかと思いきや。振り向いた途端笑顔が強張り、痛ましいものを見るような視線を感じる。
「イルカ、お前……」
動揺している同僚に、どうしたんだろうと首を傾げた。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「だってお前、そんなに目を腫らして……失恋でもしたのか?」
昨日泣いたせいで瞼が腫れていたらしい。
今朝は鏡を見てないから気づかなかった。そういえばいつもより瞼が重いなと思っていたんだ。
昨日カカシ先生から逃げ出してから、家でうだうだと泣き続けたのがよくなかった。
カカシ先生の気持ちを考えると胸が苦しくなり、きっと嫌われたに違いないと思うと悲しくなり、なんだか涙が止まらなくなってしまったからだ。
「元気出せよ! 次の恋はきっとうまくいくさ。そっちの方がもっといい人に決まってる。な?」
俺が失恋したのだと思い込み、必死に励ましてくれる同僚の心遣いが嬉しかった。
でもカカシ先生の恋はまだ続いていて、簡単に次へ向かったりしないのだと思うとまた胸が痛んだ。
「ありがとうな」
それでも同僚に無用な心配はかけたくなかったので礼を言って別れた。


一日中仕事をしながら昨日のことが頭から離れなかった。
冷静になって考えてみれば、俺は酷いことをしている。
無理に告白を強制したのもよくなかったが、碌に謝りもせずカカシ先生を置いてきぼりにしたのもよくない。不躾な行為をきちんと謝らなくては。
そう決意し、仕事を終えてから上忍控室へ向かった。
間の悪いことにカカシ先生もいるが、アスマ先生もいる。まさか目の前で謝れないしどうしようかと躊躇っている時に、二人の会話が切れ切れに耳に入ってきた。
「で?」
「もう俺、駄目かも……」
弱音を吐くカカシ先生に胸が詰まる。
きっと弱い自分も理解してもらいたいという気持ちの表れだ。
こんなに健気で一途なんだから、少しは進展したらいいのだけど。でもアスマ先生は恋人が居るんだよなぁ。
溜息をつきそうになった時、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。
「だいたいお前はウザいんだよっ。気持ち悪いったらねぇな」
酷い! アスマ先生。
カカシ先生は気持ち悪くなんてない。決して。
いつも冷静で心配りを忘れない人が、恋に関することには不器用だけど一生懸命で。そんな風に頑張ってる人を悪し様に言うなんて酷すぎる。
いくら恋人が居るからって、人を罵倒する権利なんてないんだ。アスマ先生に直接抗議しなければ気が済まない。
俺は勢いよくドアを開け、二人に大股で歩み寄った。
「酷いです、アスマ先生!」
「イ、イルカ先生!?」
突然と乱入してきた俺に驚いたカカシ先生は、座っていたソファから立ち上がる。
昨日のことを謝りたいと思っていたけれど、今はそれどころじゃなかった。
アスマ先生は反省の色もなく、どうしたんだと言わんばかりの態度にまた腹が立つ。握りしめた俺の拳がぶるぶると震えだす。
「あんまりじゃありませんか。カカシ先生はアスマ先生に恋してるのに!」
「…………はぁ?」
アスマ先生の開いた口からぽろりと煙草がこぼれ落ちた。
思わず言ってしまった。
だってあんまりだったから。何も知らないでのほほんと過ごしているどころか、カカシ先生を貶すだなんて!
「あの、もしもし? イルカ先生?」
「はい」
カカシ先生が俺のことを呼んでいる。
自分でも我慢しているところへ俺が勝手に恋心を告げてしまって、きっと怒っているに違いない。そう思って振り返ったのだが、実際カカシ先生は呆然といった状態だった。
もしかしたらあまりの展開に思考がついていってないのかもしれない。可哀想に。
「イルカ先生は俺の好きな人を知ってるって……」
「だから。カカシ先生はアスマ先生が好きなんでしょう? 知ってます、そんなことぐらい」
今さら何を言ってるんだ。
側にいるだけで意識するくらい好きなのは、カカシ先生を見てきてわかっている。俺だけが気づいて、協力したいと思ったからこそあんな告白の練習までしたのだから。
自信満々にそう答えたのだが、どうもカカシ先生の様子がおかしい。
何かをしようと伸ばされた手は宙に浮いたまま固まっていて。顔色も悪い、気がする。ほとんど顔が隠されていてるからよくわからないけれど。
「……つまり俺はアスマが好きだと誤解されていたということですか」
「ええっ、違うんですか!?」
誤解? そんな馬鹿な!
衝撃のあまり言葉を失った。


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2007.08.25


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