【溺れる】


「カカシ先生。明日ナルト達と一緒に海に行きませんか」
夕飯の片付けも終わってのんびり過ごしているとき、イルカ先生が唐突に聞いてきた。
先生とおしゃべりするのは楽しい。ましてや誘われるのはとーっても嬉しい。
が、しかし。
「海、ですか」
「ええ。明日はみんな休みでしょう? サスケやサクラも誘ったんです」
ああ。なんかすっごく楽しみにしてるんだろうなぁ。
困った。
間違いなく楽しみにしているだろう海。そしてその楽しい行事に誘おうと思ってくれた気持ち。それを考えると、どう答えていいのか分からない。
「ナルトがね、実はカナヅチなんですよ。だからちょっと特訓をしてやろうかと思って」
「へぇ……」
カナヅチね。
俺と同じだ。
もちろん誰も知らない。言ったことはない。永遠の秘密だ。
「あれ? もしてかしてカカシ先生、泳げないんですか?」
だから、どうしてこの人ってこういう無駄な時ばっかり鋭いんだろう。
鈍くてどうしようもない時がほとんどなのに。
「や、まったく泳げないってわけじゃないですよ? 息継ぎしようとしたら沈むだけで……でも別に不自由はないですよ。だって俺って忍びだし。チャクラを使えば水に入らずに移動できますしね! 泳げなくたって何も問題ありません。ええ、本当に!」
「そうですね。もちろんその通りですとも。でもせっかくだから、カカシ先生も一緒に特訓しませんか」
俺の苦しい言い訳も特に気にした様子もなく、にこにこと誘ってくる。イルカ先生らしい。
笑われなかったのはいいが、ナルトと扱いが一緒というところが気に入らない。
だいたい泳げない人間を二人も連れて行こうなんて、かなり無謀じゃないか? 二人とも溺れちゃったらどうするわけ?
そこまで考えて、ふと思いついたことを聞いてみようという気になった。
「ね、イルカ先生。ちょっと考えてみてください」
「なんでしょう」
「大海原で遭難しました。二人しか乗れない小舟があります。さてここで問題です。俺とナルトとどっちと一緒に船に乗りますか?」
これぞ究極の問題。
しかしイルカ先生はにっこり笑った。
「そんな簡単な問題でいいんですか?」
「……簡単、ですか?」
ここは恋人の俺と、可愛い教え子のナルトと、どっちを選ぶか悩むところでしょ?
二人とも同じ確率で命の危険が迫っているわけだから、俺が上忍だからとかいう理由は通用しないはず。
純粋にどっちが大切かで選ぶに決まっている。
ここで俺が選ばれれば!
「はい。カカシ先生とナルトを船に乗せて、自分は海に飛び込みます。簡単でしょ」
「イルカ先生……」
平然とそんなことを言う。
欲しかったのはそんな答えじゃなかった。そんな選択をして欲しかったわけじゃない。
「大丈夫ですよ。俺、泳ぎは得意なんです。なんとかなります」
あまりにもイルカ先生らしくて泣きそうになった。
そんなこと言ってたら命がいくつあっても足りない。なんとか阻止せねばならない。
「もしも俺とナルトを乗せて海に沈んだりしたら、舌を噛みきって死んでやる!!」
「なんですか、ソレ」
「だから。イルカ先生が船に乗らないで死ぬっていうなら、俺も一緒に死にます」
これならどうだ、と自信満々に胸を張った。
ぷっ。
と笑われた。
「な! 何がおかしいんですかっ」
「いや。カカシ先生ってすごい自信家だなぁって思って」
「どこがですか」
「自分が死ぬことが脅しになると思ってるところがですよ」
かぁーっと顔が赤くなるのが自分でもわかる。
そりゃそうだ。向こう側が死んで欲しくないと思っていなければ、これは脅しにはならない。ちょっと恥ずかしい。
と同時にムッとする気持ちもあった。
それぐらい思っててもいいだろう? 恋人同士なんだし。
「そりゃあ、俺が死んだらイルカ先生が悲しむぐらいは好かれている自信はありますよ。イルカ先生は根拠のない自信だと思いますか」
「……いえ、そうですね。自信過剰ではなくて、冷静な判断でした。たしかにね」
イルカ先生はうんうんと頷く。
「ですよね、ですよね。俺が死んだらイルカ先生が悲しむように、イルカ先生が死んだら俺が悲しむってことですよ」
我が意を得たりと主張した。だから死ぬ時は一緒です、と。
「でもまあ、それもカカシ先生が泳げるようになれば問題ないってことです。明日頑張りましょう!」
「そうですね!」
イルカ先生の勢いに乗ってつい返事をしてしまったが、必然的に明日特訓に行かねばならないってことだ。
うっわ、なんかイルカ先生の笑顔に騙されてる! 騙されてるよ、俺!
でもしょうがない。惚れた弱みだ、逆らえない。
「あー、でも先生。もしも頑張っても泳げなかったらどうします?」
「大丈夫。その時はちゃんと一緒に溺れてあげますから」
それって俺が泳げなかったらイルカ先生も死んじゃうってことじゃないか。
イルカ先生の命は俺に懸かっていると言っても過言ではない。
これははっきりいって脅しだ。
「う。イルカ先生もたいがい自信家じゃないですか……」
「ま、そういうことになりますかね」
イルカ先生は俺の大好きな笑顔でにっこり笑った。
ああ、早く泳げるようにならないと。
その焦燥感は翌日の特訓に多大な成果を与えたのだった。


END
2011.07.09


●Menu●