【ピンクタイフーン・前】


朝。いつものように、今日の任務内容を聞きに受付所へ向かった。
しかし、受付はどうも人だかりができてざわめいている。
なんの騒ぎだろう。
そこまで考えて、ふと思い至った。
そういえば、今日はバレンタインデーとかいう日だったか。なんでも好きな奴にチョコレートを渡して告白する日だとかで、いのが騒いでいたのを思い出した。
『サスケ君に会いに行くんだから、明日は絶対早く終わって!』と無茶なことを言っていたが、早く終わらないとまた五月蠅いだろう。面倒くせぇが、できるだけ早く終えてさっさと帰らせよう。
朝から少しげんなりしながら、その騒ぎに近づいていった。
きっと誰かが誰かに告白しただのしないだの、そういう話題だろう。単純にそう思ったからだ。
しかし、言っておくが最初に知っていれば近づかなかった。決してだ。
入り口にある人垣をかき分けていくと、急に視界が開けてピンクの物体が目に入る。
なんだこれは。
呆然と眺めていると、それは動いた。
動くどころか振り返り、
「よう、アスマ」
とさえ言う。
そのピンクの塊は、よくよく見れば人間だった。忍服も額あてもピンク。手甲もピンク。あまつさえ髪の毛もうっすらとピンク。いろいろと濃淡はあれど、全身すべてピンク色だった。
こんな突飛な格好をしそうな人間など、俺の知る限りではただ一人。
「もしかして、カカシか!?」
「もしかしなくても俺だ」
なるほど、これが人が騒いでいる原因だったのか。ようやく理解し、今すぐ背を向けて逃げ出したくなった。全身ピンク男とは。
「一体その格好はどうしたんだ」
聞きたくない気持ち半分、聞いておかないと気になって仕方ないだろうという気持ち半分。ともかく尋ねるのは嫌々だった。
「風水だ!」
「なんだよ、その『フウスイ』ってやつは」
「この馬鹿っ。霊験あらたかなんだぞ!」
どんなに霊験あらたかだろうが、こんなのはごめんだぜ。
「風水というのはだなぁ、異国四千年の歴史の中で培われた原理と概念が……」
「前置きはいいから、その全身ピンクなんなんだ」
延々続きそうな話を遮った。
ともかくその目的を聞き出して、さっさとずらかろう。
「風水で言うと、ピンクは浮気防止に効果てきめんなんだそうだ」
浮気防止?それはもしかしてカカシの恋人が浮気するということなのか?
と、思わず首を傾げた。
言っては何だが、この男の恋人であるうみのイルカは純情実直を絵に描いたような人間で、とても浮気するとは思えなかったからだ。
「いやー、俺だってね、イルカ先生が浮気するとは思ってないんだけどさ。でもほら、今日はバレンタインデーだろ。万が一ってこともある。誰かに告白されても心動かされないよう、願掛けみたいなもんだ」
ははは、とカカシは笑ったが、実は内心不安でいっぱいだというのは長年の経験からわかっている。
イルカがよくもてるのも不安材料の一つだろう。老若男女問わず、大勢から好かれている。なんの拍子か間違いか、イルカがカカシと付き合うことになったときには驚いたものだ。本人も驚いていたくらいだから。
それで今日のバレンタイン当日、不安で落ち着かない気持ちを少しでも消し去るために、風水に縋ったわけだ。
納得し、心の中で頷きながら、しかしそれとこれとは話が別だと思った。あまりにも常識を逸している。
「それはいいが、そんな格好をしていてイルカに叱られないのか?」
暗にイルカを怒らせるとマズイのではないかと注意を促し、早く着替えさせてこの騒ぎを収めようと努力してみる。
言ったことだって間違ってはいない。おそらく真面目なイルカなら怒るはずだ。恋人がこんなピンクずくめでは冗談ではないだろう。
しかし、カカシはご機嫌だった。
「それがさ。お伺いを立ててみたら、けっこうあっさり『今日一日だけならいいですよ』って言ってくれてね。『俺のこと信用しないんですか』って怒られるかと思ってたから意外だったよ。まぁ、俺も涙を流して訴えた甲斐があったっていうかさぁ」
泣き落としかよ。
さぞかし駄々を捏ねたんだろうと予測はつく。それで『あっさり』許可が出たもないもんだ。イルカの心境を思うと同情を禁じ得ない。
そんなこと考えていた矢先。
「あっ、イルカ先生!おはよーございます」
カカシが元気よく挨拶した先には、当のイルカがいたのだった。


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2004.02.07


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