【五月の待機所】


とある上忍待機所。
呼び出されるまで待機という、面倒くさい、いや忍びとして重要な任務中だった。外はうららかな気候で、部屋に籠もっているのが勿体ないくらいであったが。
ある者は爆睡し、ある者は暇つぶしに始めた数独をやめられなくなって数時間、またある者はぼんやりと平和な時間を楽しんでいた。
「ねぇ、アスマ」
「ん〜?」
咥えた煙草を弄びながら数独に興じる友人に話しかけたのは、はたけカカシ。この退屈さの中で真新しいことを求めていた人間は、なにげない様子を装って全員耳を傾ける。
「今、五月だよね」
「ああ、そういやそうだな」
「五月と言えばアレだよね!」
「アレって何だ」
うきうきと言葉を紡ぐカカシに反し、アスマは首を傾げた。
「アレって言えばアレだよ。イルカ先生の誕生日」
「ああ〜」
思わず投げやりな返事が口から漏れた。
まるでそれが世間の一般常識のように言われても困る。非常に困る。
普通五月と言えばこどもの日とかそういうのだろ、と待機する者たちは心でツッコミを入れた。
「誕生日となればプレゼントでしょ」
「……まあな」
それの相談か。
アスマの眉間にはすでに皺が寄っていた。
「それで。指輪をね、贈ろうかと思ったんだ」
なぜ指輪。いきなり指輪。
聞きもしないのにぺらぺらと説明するカカシの言い分を聞いたところ、恋人に贈るのは指輪というのが彼の常識らしい。
付き合ってるというのならそれもよいかもしれない。すでに答えが出ているのだから万事解決だ。恋人たちの間に立って野暮なことを言う必要もない。
待機所はすでにカカシの話題に関心を失いつつあった。
がしかし。
カカシの話はまだ続いていた。
「ダイヤモンド買ってあげようとしたらイルカ先生が嫌だって言うんだよ!」
ねぇ、なんでだと思う?とカカシは言う。
新たな問題が提起され、待機所の面々はそれしか考えられなくなった。
だって暇なのである。こんな狭い部屋でしゃべることなど筒抜けだ。耳に入ればまるで我が事のように考えらずにはいられない状況だった。
さて問題だ。
女性ならばダイヤモンドを贈られて喜ばないはずはない。ごくまれに喜ばない一部の人間はいるが、たいていは嬉しいと言ってくれるはずだ。
だが男性の場合は話が変わってくる。
もしかしたらダイヤモンドが嫌いなのかもしれない。過去に何かがあって『何が永遠の輝きだ、ばかやろー』と思っている可能性だって無くはない。だいたい指輪というのはファッションリングなのか、エンゲージリングなのか、それだけでも意味合いが変わってくる。付き合いの度合いにも寄る。そこのところの情報が皆無なのに答えを出せとは、はたけカカシはドSだなという結論に達しかけた。
いやいや、論点はそこではなかった。なぜ恋人がダイヤモンドの指輪を嫌がるか、であった。
もしかして相手はすでに別れたがっているという可能性だってある。
そもそもカカシとイルカは付き合っているのか。だってイルカと言えばあれだろ、アカデミー教師だろ、男と付き合う人種だとは聞いてないぞ。などという声がひそひそと待機所の片隅で交わされる。
まさかの妄想疑惑。
付き合ってるのがはたけカカシの妄想ならば、指輪を貰うなんて断固拒否なのは当然だ。そして拒否された上忍がストーカーになるとか、自棄になって暴れるとか、そういう事件に発展したら困る。この場に居合わせた者たちに特に責任はないはずだが、どうしても責任を感じてしまう。意外と上忍なんてものは小心者の集まりなのだ。
皆固唾を飲んではたけカカシと猿飛アスマの答えに全神経を集中させる。
「そりゃお前、最初は誕生石ってやつじゃないか?」
「え。そうなの?」
「やっぱアレだろ。いきなりダイヤモンドじゃ引くだろ」
適当なことを言うな、と誰もが思った。
どう考えても面倒くさいから丸投げしただろ、あんた!と非難したかったが、上忍の中でもトップクラスに位置するアスマにそんなことをできる人間はここにはいなかった。
「そっかぁ、そうなのか。いきなりダイヤモンドっていうのは駄目なのか。知らなかったよ。ありがと、アスマ!」
「おう」
あたりまえのようにアスマは片手をあげただけで、数独問題から一度たりとも視線を外すことはなかった。
ほらやっぱり。絶対適当にあしらっただけだよ、猿飛上忍。
もはや待機所はカカシとアスマ以外は目だけで会話を成立させていた。
できうれば正確な答えを導き出せるくらいの情報が欲しい。が、それをはたけカカシに直接尋ねる度胸はない。どうする、俺たち!
皆の煩悶を余所に、カカシが身近に居る人間に尋ねる。
「ねぇ。五月の誕生石って何?」
「はいいい!?」
突如として尋ねられた上忍は思わず声が裏返る。
まさか巻き込まれるとは思っていなかったため、どうしたらよいのかと周りに助けを求めようとしたが、全員が後ずさり、そこだけが取り残された空間と化した。
追い詰められた男はどもりながらも答えるしかない。
「あっあっ……五月はエメ、エメラルドですっ」
そこで答えてしまってはエメラルドの指輪が贈られてしまうではないか!とその場の全員が思ったが、仕方がない。実際問題として自分が彼の立場ならば素直に答える以外どんな選択肢があったというのか。一人の犠牲で済んだことこそ喜ぶべきだと皆も納得して頷いた。
「エメラルド……ってどんな色だっけ?」
宝石にさほど興味のないカカシは更に聞き返す。
「は、はいっ。み、緑色ですぅ」
「ふうん? OK、わかった。とにかく買いに行ってくる!」
風のように去っていくカカシを見送ったはいいが、さてどうしようかと動きあぐねていたところ。さほど時間が経たないうちにカカシが帰ってきた。すでに手には指輪のケースをおぼしきものが。
さすがエリート上忍、そのスピードは並みではない。
感心していたら、なんという偶然かイルカが待機所へやってきた。
「すみません、アジ上忍。こちらの書類に……」
書類の訂正を求めるイルカに、カカシが横から掻っ攫った。
「イルカ先生、誕生日おめでとうございます! これ、貰ってください!」
ぱかりと開いた指輪ケースには、これ何カラット?と問い質したいくらいでっかいエメラルドが付いていた。
「ちゃんと調べたんですよ。イルカ先生は五月生まれだから誕生石はエメラルド。どうです!?」
どうです、と言いつつカカシは自信満々に指輪ケースをずいっと差し出す。
「エメラルドは緑色に輝く神秘の宝石、心や精神をリラックスさせるヒーリングストーンとしても有名なんですって。イルカ先生にぴったり!」
宝石店で営業されたままを口にしているのであろう説明。
それは逆効果なのでは、との皆の心配を余所にカカシの口は止まりそうになかった。
「お誕生日に誕生石を贈るのは世間の一般常識だって、俺知らなくて……」
「世間の一般常識はどうでもよろしい」
ぴしりとイルカが遮る。
「俺、言いましたよね。いりませんって」
「え。でもイルカ先生……」
やはり受け取ってもらえなかったか! じゃあストーカー決定?
ざわめく周囲を物ともせず、イルカがきっぱりと言う。
「俺は指輪は嫌いなんです。だからいりません」
「ええっ、嫌いなんですか!?」
「指輪をずっとしてて外せなくなったらどうするんですか? 指輪を切る道具があるって聞きますけど、それってどうなんですか。切ってる間に指も傷ついたりするんじゃないですか。指輪ももう駄目になるわけですよね。もういっそ取れなくなったら指を切っちゃった方が早いんじゃ!という強迫観念に駆られるんです……」
指を切っちゃったら本末転倒だろう。ほとんど錯乱状態だ。
何がどうしてそこまで追い詰められるのか常人には推し量ることは出来ないが、指輪が怖くて嫌いというのはひしひしと伝わった。
とりあえずただ単なる指輪嫌いでよかった。
「そんなに指輪が嫌いだったなんて……ごめんなさい、イルカ先生! これは捨てます!」
いやいや、捨てなくても。
もしも捨てるんだったら俺が貰うぜ、と思っている輩は少なからず居た。
「捨てるなんて勿体ない! 返品すればいいでしょう」
「はいっわかりました。先生の言うとおりに返品します」
さすが教師、教育面でも抜かりはない。躾は万全。エリート上忍も逆らえないとはこのことか。
「だいたい指輪なんて実用的じゃないでしょう。腕時計とかならともかく……」
「えっ。腕時計ならいいんですか、イルカ先生!」
「まあ、あってもいいかなとは思いますけど」
「じゃあ、これを返品がてら腕時計を買いに行きましょうよ!」
「え、でも……」
「せっかくの誕生日なんですから、思いきって買っちゃいましょう」
思いきりすぎて、全面エメラルドを埋め込んであるとかそういうすっごい時計だったらどうなるんだろう、と思わないでもなかったが、そこは教師のイルカだ。きっともっと実用的な時計を選ぶから大丈夫だろうと信じることができる。
強引にイルカを引っ張って待機所を出て行くカカシを見送り、上忍たちは思った。
妄想疑惑も晴れ、これで待機所の平和は守られた。よかった、本当によかった、と。


五月のある日の出来事だった。



END
2012.05.12


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