【もしも〜2月8日〜】


人里離れた私の家に、ある日突然転がり込んできた人物が居る。
火影三代目と呼ばれたその人は、『木ノ葉崩しで亡くなったということにして引退したのじゃ』と玄関先で笑っていた。
ずっと仕事仕事で忙しくゆっくり会う暇などなかった私の恋人。
若くして亡くなったという奥様を差し置いて一緒に暮らすのは気が引けるけれど、とても嬉しい。これからの人生を私と共に過ごしたいと思ってもらえたことに涙が出そうだ。
激務をこなしていた以前とは打って変わり、今は手持ち無沙汰な隠居生活を毎日送っている。
「イルカは幸せにしとるかのぉ。カカシの奴、無体を強いておらんかのぉ。綱手は頑張っておるかのぉ」
膝枕をして耳垢を取っていると、そんなことを愚痴愚痴と言い出すのはいつものこと。
することがないので心配事が増える一方らしい。
「そんなに心配なら死んだことになんてしなければよかったでしょうに」
「あのまま生きていたら、今頃こんなにのんびりしておられんかった」
「それはそうでしょうけど……」
里のことをいつも一番に考えていた人が、引退してもそうそう習慣が変わるわけではない。いつだって心配し、心痛めている。
本当は遠くを見通すというあの水晶玉を、こっそり取りに行きたいと思っているのは知っている。行ってしまったら、若い者たちに助言や小言を言わずにはいられないだろうこともわかっている。そんなことをしたら生存していたことが知れ渡り、騒然となってしまうことも。
だから行きたくても行けないのだ。
こんなに里を愛し里のために生きてきた人が。
「まあ、よいか。あれはあれなりに幸せなんじゃ。儂の口出すことではもうなくなったのだからな」
そう言うと、少し寂しそうに微笑んだ。
そんな姿を見ると、可哀想に思う。
けれど感謝します。この人が生きていることに。私の腕の中にいることに。
だから。
「今度私が様子を見てきますよ」
そう言うと、子供のように嬉しそうに笑うから。私も嬉しくなるのだ。


今日はあの人の誕生日。
だから夕飯はあの人の好きなものをたくさん作ろう。
鰯のつみれは絶対。ひじきの煮物もいい。
抱えるくらい買い物をして帰り道を急ぐ。
急いだせいで曲がり角で人にぶつかった。
バランスを崩して転びそうになったが、ぶつかった人が咄嗟に支えてくれて、落としそうになった荷物も地面に届く前に捕まえてくれた。
「おねーさん、すごい荷物だね」
ぶつかったのは『写輪眼のカカシ』だった。
こんな間近で見たのは初めてだ。
「夫が今日誕生日なものですから」
「ああ、なるほど」
目を細めて頷く姿に、あの人への土産話が出来たと喜んだ。
元気そうでしたよ。
そう言ってあげよう。
そんなことを考えていたら、目の前の人は銀色の頭を下げていた。
「ぼんやりしていて迷惑かけてごめんなさい」
礼儀正しいお詫びを受けて、こちらこそぶつかって申し訳ないと言うのだが、向こうは納得してくれなかった。
「そうだ。ぶつかったお詫びにこれを……旦那さんにあげるといい」
「これは……!」
目の前に差し出されたのは、あの水晶玉。
火影邸に残してきたはずのもの。
「どうぞ? 俺が持っていても仕方ない物なんで、差し上げます」
何故どうして彼が持っているのか。
考えようとしたが、それよりも先に手が伸びていた。
「あ、ありがとうございます!」
手にした水晶玉はずしりと重く、けれど不快な重みではなかった。
「いらないかもしれないけーどね」
「いえ。こういうのを欲しがっていたんです。きっと、きっと喜びます」
少し声が震えているのがわかってしまっただろうか。
「そ。ならよかった」
彼は気づかない風を装い満足そうに笑った。
そんなやりとりをしていたら、遠くから声がかけられる。
「カカシ先生!」
「あ、イルカ先生」
その人は人混みを器用にすり抜けながら駆けてくる。
頭の後ろで高く結わえた髪が走る度に揺れていた。
見ただけですぐにわかった、きっとこの人がイルカだと。あの人が自分の子供のように可愛がり行く末を案じていた人。
「どうしたんですか」
「俺がぶつかってこの人の荷物を落としちゃったんですよ」
「大丈夫でしたか? 怪我してませんか?」
「ええ。大丈夫です、本当に」
ほんの少しぶつかっただけなのにおおげさだ。
荷物も地面に着いたりしなかった。
むしろ転ばないよう助けてもらったのに。
「実はこれ、ある人が好きだった和菓子で。今は必要ないのについ買ってしまったんです。だからお詫び代わりにこれも持っていってください」
差し出されたのはあの人の好きな煉り切り。
人気の店の限定品で、よっぽど早くから並ばないと買えないはず。つい買うことなんてありえない。
「でも……」
「どうぞ。カカシ先生は甘いもの嫌いだし、あっても食べきれないですから」
綺麗に包装紙にくるまれた箱を受け取った瞬間、また声をかけられる。
「おう、お前ら。何やってるんだ」
「アスマ先生」
「あ」
あの人の息子。
私のことなど知らないはずだけど、緊張で身体が強張る。もし知っていたらきっと不愉快だろうと思ったから。
けれどそんな私に黒々とした髭の人はあっさり話しかけてくる。
「あ〜重てぇな。貰い物なんだが、こんなの面倒くさくて家まで持って帰れるか。あんた、これ引き取ってくれないか」
「え。あの」
無理矢理腕の中に押し込まれた一升瓶。
手に入れるのが困難で幻の逸品と言われる大吟醸だとラベルを見てから気づいた。
そしてそれがあの人の大好きな銘柄だと思い出す。
これは父親への贈り物だと、誕生日を祝う気持ちだと思っていいのだろうか。
目の前の三人を見上げ、じっと見つめる。
居心地悪そうに視線を彷徨わせる人。
苦虫を噛み潰したような表情で煙草の煙を吐き出す人。
頭を抱えて溜息をつく人。
「あ〜やだやだ。お前のやる気のない演技のせいで俺たちの自然な演技が台無しじゃない! まるで棒読み。この熊ときたらホント大根なんだから!」
「お前のいったい全体どこが自然な演技なんだよっ」
あわや取っ組み合いの喧嘩が始まるかと思った。ハラハラして見守る。
「二人とも喧嘩は止めてください」
「は〜い。イルカ先生のおっしゃる通りに」
「お前一人いい子ちゃんかよ。……まったく面倒くせぇな」
口調は乱暴だけれども、結局二人とも本気で喧嘩をしようとしたわけではなかった。
ほっと胸を撫で下ろす。
「あの……ありがとうございます」
死んでいないことも、それを他には言えないこともすべて承知の上で。
わざわざぶつかったフリをして贈り物と手渡され、祝う気持ちを託される。
深々とお辞儀して、それらへの感謝の想いを込めた。
火の意志を継いでこの里を守っていく貴方がたに。
去った者を思いやってくれる貴方がたに。
あの人の今までしてきたことの意味と喜びを与えてくれる貴方がたに。
感謝します。
どうかこの気持ちが伝わりますように。
「荷物持ちでそこまでご一緒しましょうか?」
心配の色を滲ませた黒い瞳に首を横に振る。
「大丈夫です、こう見えてもけっこう腕力はあるんですよ。これくらい平気です」
「そうですか……お気をつけて」
「あ、ちょっと待って」
写輪眼のカカシに呼び止められた。
内緒話とばかりにこっそり耳打ちされる。
「あなたの旦那さんに言っておいてよ。あんまり出歯亀すると鼻血噴いて死にますよって」
水晶玉を指でコツンと弾かれた。
「ぷ。わかりました」
笑いを堪えるのが大変だった。
そんなことを伝えたらまた心配事が増えてしまうだろう。
でもきっと大丈夫。
わかっているから。何が幸せで何が本当の不幸かなんて、そんなこと充分にわかっている人だから。
みんなが幸せなら満足なのだから。
「本当にありがとうございました」
もう一度お辞儀をして、それからは振り返らずに商店街を後にする。
早く帰ってあの人に今日のことを話したい。
そして誕生日おめでとうと祝おう。
胸に抱えた水晶玉は不思議と暖かい気がして、ぎゅっと抱きしめて家路を急いだ。


HAPPY BIRTHDAY!!
2007.02.09初出
2010.11.11移動


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