【ホットケーキマウンテン】


「イルカ先生。誕生日おめでっとー!」
家まで訪ねてきたナルトが元気よく叫ぶ。
手の中には大きな皿があり、その上には生クリームを塗りたくったケーキがあった。
正直俺には見ただけで嘔吐を催しそうだ。
「俺が作ったんだってばよ」
自慢げに言う部下の姿が恨めしい。
だってイルカ先生の目がうるうるしてるんだもん。
あー、失敗した。
これ以上の贈り物はないじゃないか。俺が用意しておいたクナイセットなんてお呼びじゃない。このケーキより感激してもらえるものなんてないんだから。
「ナルト……」
ケーキを潰さないようにナルトを抱き締めるイルカ先生。目元に溜まった涙は、黒い瞳をさらに黒く見せるのに一役買って、魅力的だ。
羨ましい。
俺だって目をうるうるされて抱きつかれたい!
こんなことなら俺もケーキを焼けばよかった。作り方なんてこれっぽっちも知らないけど。
「あのさあのさ。中はホットケーキなんだってば」
だから簡単なんだぜーと、ナルトが照れて頭を掻く。
ああ、なんてことだ。ホットケーキぐらいなら俺だって焼ける気がするぞ。あれだろ、それ用の粉と卵と牛乳を混ぜて焼くだけってやつだろ。それに忍びの腕力を活かして生クリームを泡立てて塗れば完成だ。そんなのほとんどアイディア勝負じゃないか。
悔しい。俺としたことが。
「俺がホットケーキ好きなの覚えてたのか。嬉しいぞ」
俺の気も知らず、イルカ先生はナルトの頭を撫でている。たとえわしゃわしゃにされてもナルトは笑顔全開だ。いや、むしろそっちの方が嬉しいのだろう。
あーあ、イルカ先生もあんなに蕩けそうな笑顔しちゃって。恋人より嬉しそうなんてルール違反だ。
本当は俺が一番に祝いたかった。誰よりも喜んでもらいたかった。
ただのワガママなんだけどね。
イルカ先生が喜ぶのが一番なんだ。分かってはいるけどやっぱり拘ってしまうのは、自分が未熟なせいだ。でもしょうがないじゃないか。
溜息をつきそうになり、慌てて顔を上げるとイルカ先生が訝しげにこちらの顔を覗き込んでいる。
「カカシ先生?」
「あ。大丈夫、大丈夫です」
何が大丈夫なのか自分でも分からなかったが、そう繰り返した。
ナルトはとっくに帰っていなくなっていた。
気を遣ったのか。あいつにしては上出来だ。明日の任務はちょっと手伝ってやろうかとも思った。
「やっぱり生クリームは駄目でした?」
見当違いな心配をされてしまった。まあ、甘い物全般駄目だけど。
「そうですね。俺もホットケーキにはメープルシロップだなって思うんですけど……」
でもこれも美味しそうですよ、とイルカ先生は言った。
「え。なんですって?」
「ホットケーキって言えばメープルシロップが断然合うでしょう?」
生クリームより断然メープルシロップがいい。ここ重要だ。
つまり、俺がここでメープルシロップを差し出せば、俺の株アップってことですかー?
よし。
イルカ先生の隙をついて影分身を出し、財布を持たせて商店街へと走らせる。
「でも本物はちょっと高いんですよねぇ。日常で使うには躊躇うというか」
「偽物があるんですか!」
「安いのはシロップに風味をつけただけのもあるので」
そんなの知らなかった!
不安になってくる。ああ、どうか奴が安い偽物を買ってきませんように!
イルカ先生がケーキを切り分けている間中、ハラハラしながら待った。
「さあ、食べましょうか」
と言われた瞬間、窓の方でこつんと音がした。
ちょっとトイレ、などと言って席を立ち、受け取ると同時に術を解く。
買ってきたソレが本物か偽物かなんて分からなかった。瓶に入って異国の文字がズラズラと書いてあるラベル。その本物っぽさに賭けてみるしかない。
手にした瓶を後ろ手に隠し、イルカ先生へと近づく。
「イルカ先生、お誕生日おめでとう」
目の前にメープルシロップの瓶を差し出す。喜んでもらえるだろうか。緊張しつつ反応を待つ。
イルカ先生はぽかんとしたまま瓶を見つめ。
「……これ?」
「今買ってきたんです」
「もしかして影分身で!?」
「はい」
しばらくイルカ先生は瓶を眺めたまま固まっていたが、次第に笑みが広がっていく。
「ありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです」
「ほ、ホントですか!」
「ええ。だって俺のために買ってきてくれたんでしょう? 走ってまで。生クリームの上にさらにメープルシロップをかけたホットケーキを、一緒に食べてくれるんでしょう? 甘い物苦手のくせに」
げ、と発音しかける声帯を、なんとか押しとどめた。
それって、ものすごく甘いものなんじゃなかろうか。俺は墓穴を掘ったのか……。
「こんな風に祝ってもらえて、こんなに嬉しいことはないですよ」
イルカ先生はにっこり笑った。
そこまで言われては後には引けない。
イルカ先生に喜んでもらうのが最大目的なのだから、今日の俺は死ぬ気で食う! そう決意した。
イルカ先生の幸せそうな顔を眺めつつ、俺は吐きそうなくらい甘いホットケーキの山に、果敢に挑戦するのだった。


HAPPY BIRTHDAY!!
2011.05.14


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