【その後のLovesickness[眼科定期検診編]】

ひとめ会ったその日から』健康診断リーマンカカイルの続き。すでに付き合ってる二人。


今日は朝から憂鬱だ。
なぜなら定期検診があるから。
定期検診ごときで何を大の大人がビビってるのかと言われそうだが、瞳孔散大させて網膜を診察するのが俺は大嫌いだ。レンズをかぶせられ、頭を押さえつけられてデジタル撮影される診察が泣きそうになるくらい嫌いだ。朝から憂鬱にもなろうというものだ。
しかし。以前網膜穿孔でレーザー手術した身では、そういう検査も仕方がないというのは頭では理解している。理解しているからこそ、嫌でたまらない検査にも足を運ぼうとしている。
まあ、その足だって重くてなかなか歩み出せないでいるんだけどね。いつも仕事が忙しいからなどと言い訳して、行かないで済むならそうしたい気持ちでいっぱいだ。
けれど、診察に来るよう言い渡されていた日が過ぎてしまい、ちょうど仕事も多忙で死にそうな時期を越し、土曜日も空いたとなれば行かざるを得ない。
あー、行きたくない。でも今日を逃すといつ行けるかわからない。だから行くならば今日。
そう自分を追い込んで眼科へと向かった。
やはり日曜日の前日のせいか眼科は混んでおり、かなり待たされた。その上、瞳孔を開くために何度も目薬をささなくてはいけないため、時間がかかる。目をつぶっていても眩しさが増していくが、緊張も徐々に高まっていく。
診察室から名前を呼ばれると、心臓はばくばくと音を立てる。
落ち着け。こういう時は深呼吸だ。
自分に言い聞かせてみるが、それで済めば警察は要らない。いや、どの場合も警察は要らないんだが。
医師が見ていたカルテから目を離し、こちらを注視する。
くるー!
心臓の鼓動は頂点に達した。
「まっすぐ前を見てください」
まぶしい光を発する棒とレンズを手にした医師が指示を出す。
が、そのレンズはあのかぽっと嵌めるレンズではない。ただの拡大鏡のような?
判断した通りレンズは目の前に翳され、光を眩しくさせるが、接触することはなかった。
「上を見て。右上、右横、右下、下、左下、左横、左上」
少しずつ見る位置がずらして静止し、その時々に変化していく眼の中を医師は診ているらしい。
両眼共にそう診てから、
「焼いた後は綺麗に固まってますから、大丈夫ですよ」
と言われた。
え。もしかして、今日はこれで終わり?
「お大事にしてください」
一瞬言われた意味を分かりかねたが、ここに座っていて『やっぱり撮影レンズをつけましょうか』とか言われたら困ると気づいて、慌てて席を立った。
「ありがとうございました!」
礼を言うのも忘れない。
診察室を出たら看護士さんに声を掛けられた。
「はたけさん、ちょっと……」
やっぱり診察室に戻らなきゃいけないのかと暗澹たる思いで振り向いたが、ただの瞳孔収縮を早める目薬のために引き留められただけだった。
やっぱりこれで終わりなのだ。
会計が終わった時点でようやくそのことを確信できた。
おおおおお、なんだよ。こんなあっさり済む方法があるならいつもこれでやってくれよ。
文句を言いながらも、恐怖することがなくなったので心は晴れ晴れしていた。
外に出ると眩しかったが、サングラスを用意してきた俺の敵ではない。鼻歌だって出そうなくらいだ。
と機嫌良く歩き出したはいいが、今日は格別に日差しが強くて涙が出た。そうなのだ、サングラスは全体をぴったりと覆っているわけではないから上の隙間から日光が入ってくるんだよ。くそっ。
目の焦点も合ってないのですべてが見えにくく、歩くのが精一杯だ。
もう帰って寝たい、と日光を遮るようにデコに手を当てていると。
「カカシさん」
呼び止められた声にはっと振り返った。
「イルカさん!」
えっえっ。どうして。
「昨日、明日は用事があるって言ってたから、もしかしてそろそろ検診なのかなって思って。そうだったら迎えに行った方がいいから」
だからここに来てみたのだと言う。
そりゃ最近は土日は用がなくてもイルカさんの家に入り浸りで、顔を出さないっていうのも変かなとは思ったけど、理由は特に言わなかったのに。よくわかったな、というのが正直な気持ちだ。
「勘です」
にこりとイルカさんは断言した。
眩しい笑顔と共に、さらに眩しい日の光が目に飛び込んできて、生理的な涙が出る。
「あ」
しまった。こういうのがみっともないからイルカさんには言わなかった。
ちぇ、かっこわるい。
「ほら、カカシさん。よく見えないんでしょう? 危ないから掴まって」
躊躇わず差し出された手を目の前にして、固まった俺。
邪心たっぷりな俺が触っていいものかと思ったが、こんなまたとないチャンスを逃せない。
おそるおそる手を握ると、ぐっと手を引かれる。
真剣に案内する気で溢れているイルカさんを見て、心配されているのを感じた。
かっこわるいのも悪くない。こんな風に案じてもらえるならば。
「えへへへ」
思わず笑いが漏れる。
「そうだ。お昼は何食べたいですか?」
「えー。イルカさんが作ってくれるなら何でも嬉しいです」
「そういうのが一番困るんですからね。ちゃんと言ってくれないと」
とぶつぶつ呟くイルカさんの手を、嬉しくなってぎゅっと握り締めた。


END
2011.09.24


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