【田舎に泊まろう!6】


思わず声が裏返った。
俺はよっぽどアホ面を晒していたのか、イルカ先生は申し訳なさそうに鼻の頭を掻く。
「最初に言っておけばよかったんですけど、ついうっかりしてて」
たとえ告げられていたとしても、あの時間に再び外へ出て行く勇気があったかどうかは疑問だ。
がしかし。問題はそこじゃない。
どこの家でも客用布団が用意されているわけではない。それは分かっている。
でも、これはまずいでしょ。
限りなくまずい。
自分に恋愛感情を持つ男と一緒の布団で寝ようだなんて、誰もそんなことにチャレンジしようとは思わない。もちろんイルカ先生は俺の気持ちを知らないわけだけど。だから気安く寝ようなんて言えるのだ。
こんな狭い部屋で同じ布団。息遣いどころか体温も感じ取れる距離。
この状況で俺が何もしないなんて、はっきりいって約束できない。むしろ何かする自信がある。
いやいや、駄目だ。それはいくらなんでも!
俺が心の中の葛藤を繰り返し黙り込んでいると、イルカ先生は何をどう勘違いしたのかとんでもないことを言い出した。
「やっぱり嫌ですよね。俺はコンロの前で寝るので、カカシさんどうぞ」
躊躇いもなく布団を譲られた。
そして、自分はといえばセーターや半纏を引っ張り出そうとしている。本気だ。
「わーっ、イルカ先生をそんな処で寝かせるわけには!」
「だってカカシさんはお客さんだし」
「それを言ったらイルカ先生は家主でしょ」
「いや、都会育ちの人にこの寒さは無理ですよ。その点、俺は慣れてるから」
何をどう言っても頑として譲らないイルカ先生に、結局俺は折れた。俺さえ我慢して大人しく眠ればいいのだ。
まあ、そんなことは最初からわかっていたことだけど。
「一緒の布団でお願いします」
そう言うと、イルカ先生は本当に俺が心からそう思っているのかと探るように見つめてくる。
ここで嫌がっている態度を欠片も感じさせてはいけない。
心から一緒に寝たいと思っている。思い込めば何事も! いや、別の意味ではもちろんそう思っているけれども。
幸い俺の邪念は伝わらなかったようで、納得してもらえた。
おそるおそる敷かれた布団の中へと入る。
あんまり近いと駄目だ。俺の理性が保たない。
緊張で端っこで固まっていると、
「カカシさん、寒いからもっと寄ってください。風邪ひきますよ」
と引き寄せられた。
うわっ。
「ね?」
にこりと振る舞われる笑顔を前にしたら、くらくらと目眩がしそうだ。
あ〜、ちょこっとだけなら触ってもいいかな。こんなに近いわけだし。
と自分に言い訳しつつ、どこなら不自然じゃないだろうかと手をウロウロさせていると。
「誰かと一緒に寝るなんて何年ぶりだろう……」
イルカ先生がぽつりと呟いた。
それは今現在付き合っている恋人はいないということだと解釈する。
そうか、イルカ先生は恋人いないのか。
いきなり自分が恋人になれるわけではないが、それは嬉しい情報だ。頬が緩むのを止められない。
しかし、その緩んだ顔を目撃され、勘違いされた。
「子供みたいだと思いますか」
どうやら俺がイルカ先生のことを笑ったと思われたらしい。
「そ、そんなことありません!」
「……家の中に人がいるって、両親が亡くなって以来だから」
イルカ先生は寂しそうに微笑んだ。
「明日になったらカカシさん、帰っちゃうんですね。寂しいな」
普段は元気で明るい人だけど、本当は寂しがり屋。いつだって誰かが側に居て欲しい。でもそのことは決して人には言えない。
それを偶然俺に吐露してしまったのは、通りすがりで二度と会わない人間相手に気が緩んだからなんだろうか。それとも俺には気を許してくれたから?
おそらく前者だろうとはわかっているけれど。でも恋する男にとっては渡りに舟。泊まってほしいと望まれているなら、遠慮する必要は一切ない。
「イルカ先生。俺、また来るよ。だから泊めてくれる?」
次の約束を取り付けてしまおう。
そうすればまた会える。いつか恋人にだってなれるかもしれない。
そのためならば、弱っているところに付け込むくらいいくらだってする。
「だってカカシさんは仕事があるでしょう。こんな田舎まで来るのは無理ですよ……」
約束しても守られるわけがないとイルカ先生は思ってる。どうせただの社交辞令なんだろう、と。
「大丈夫。俺は口にしたことは絶対実行するから」
きっぱりと宣言すると、
「もしそうなら嬉しいです」
イルカ先生は陰っていた表情を緩ませた。
「約束」
どさくさに紛れてイルカ先生の唇に口づけた。軽く触れる程度のキス。
これで俺がそういう意味でイルカ先生を好きだと分かってもらえるかな。
期待に胸を膨らませ、じっとイルカ先生を見つめる。
がしかし。
「カカシさんはスキンシップが多いですね。ハーフだから? あっ、それとも芸能人だからですかね?」
多少は照れくさそうではあったが無邪気な笑顔に、俺は自分の甘さを知った。


●next●
●back●
2010.06.26


●Menu●