【田舎に住もう!1】
田舎に泊まろう!』の続編です。


玄関と呼ぶよりは部屋の入り口と言いたくなるような扉の側には、チャイムがついてなかった。
とりあえずノックしてみたが、何の反応もない。人の気配も感じられなかった。
「あちゃー。留守か」
計算外だ。
土曜日の午後だから、仕事は休みで家に居るだろうと思っていたのに。
どうする?
とりあえず学校に行ってみようか。というか、心当たりはそこしかない。この村はまったく不慣れで、どこに何があるのかすら知らない。情報不足だ。
イルカ先生に教えてもらわなきゃいけない。
彼は真面目だからきっと丁寧に教えてくれるはずだ。村中を歩いてデートとかいいなぁ。
狭い村だ。そんなことを考えているうちに学校に辿り着いた。
校舎から生徒が一人二人と出てくる。土曜だけど学校内で何かやっていたのかもしれない。それならイルカ先生も居るだろう。
ちょっとホッとした。
来客用のスリッパを拝借して、職員室を目指す。この前ナルトたちが案内してくれたから、この手順は経験済み。
職員室が一番会う確率が高いはずなのだ。
引き戸に手を掛けたちょうどその時、中から出てこようとする人がいた。
もしやイルカ先生、俺が来るのを察して出迎えてくれたのかと期待したが、そんなわけがなかった。
たぶんここの女教師なんだろう。見知らぬ人間が立っているのを見て、柳眉を逆立てられた。完全に不審者扱い。サングラスをしたままだったのがよくなかったのかもしれない。
しょうがないので、一応の礼儀としてサングラスを外した。
「イルカ先生、居る?」
入り口の柱に肘をついて尋ねてみたが、相手は口を開けたまま反応がない。その上入り口を塞いでいるので、自分で職員室の中を確認できない。
早く会いたいのに。
「ねぇ。イルカ先生は居るの?」
イラっとしてもう一度尋ねると、弾かれたように頷いた。
「は、はいっ」
よかった、居るみたいだ。
顔を赤く染めた教師が慌てて中へ呼びに行った。
「イルカ先生っ。は、はた、はたけカカシですよ!」
「え」
机の前に座っていたイルカ先生が顔を上げ、少し驚いた表情を見せる。
「あ、カカシさん」
振り向いて俺を確認すると笑顔になった。
中にはほとんど人がいなかったので、これなら入ってもかまわないだろうと判断する。
「家まで行ったけど留守だったから」
一応印象が悪くないよう、職場まで押しかけた言い訳をしておく。そういうのが嫌いな人もいるもんね。
けれど、イルカ先生はそれほど気にした風ではなかった。正式な学校行事ではなかったのかもしれない。
「すみません、もうすぐ帰るつもりで。わざわざ学校まで来てもらって申し訳ないです」
「いえいえ、会えてよかった。ここにいなかったらどうしようかと心細かったんですよ?」
少し大げさに言うと、イルカ先生はお人好しにも心配そうな表情になる。
「そ、そうですよね。すみません!」
「いいんですよ」
ちょっと悪いことをしたかなと思っていると、さっきの教師がお茶を持ってくる。
「あ、あのぅ……粗茶ですが」
「どうも」
ちらちらと俺の顔を見るが、何も聞かずに下がっていく。その場を離れた後もこちらを覗っているのが分かる。
まあ、こういう反応をされるのは珍しいことじゃないのでどうでもいいのだが。
それよりも、イルカ先生の同僚というのは気になるところだ。同じ職場の若い女性なんて非常にまずい。今はまだそういう雰囲気はないが、これからイルカ先生に近づいたりしない保証はない。要注意だ。
そんなことを考えていたら、イルカ先生の話はまだ続いていた。
「本当はあまり信じてなかったんです、カカシさんが来ること」
来ないと思っていたから家を留守にしたのだと言う。
「酷いなぁ、約束したのに」
仕方がないか。突然やってきた人間を信用しろという方が難しい。
これから一緒に居るのがあたりまえにしてみせる、と心に誓う。
「実は、カカシさんが本当に来たら考えていたことがあったんです」
それでも一応来る可能性も考えてくれていたらしい。何を考えていたのか興味深い。
「なんですか?」
「母屋に泊めてもらえるようお願いしてみようと思って」
「は?」
「ほら、うちは狭いでしょう? ゆっくり休めないじゃないですか」
にこやかな笑顔で的外れなことを言う。
可愛いけど、可愛いんだけど、どうかと思う。
「それじゃあ意味ないよ」
俺にとってはもちろんのこと、イルカ先生にとっても。
「俺は、イルカ先生が寂しくないようにって約束したのに」
「でも狭いし……」
イルカ先生はそこに拘っているらしい。
しかし、ここで母屋でお泊まりが決定してしまったら、来た意味がない。たとえ我が儘と言われようと譲るわけにはいかない。
「俺に、知らない家の広い座敷で一人で寝ろって言うんですか?」
母屋は遠目から見てもデカかった。泊まるとなれば、おそらくぽつんと一人で寝かされることだろう。
役者根性を発揮して哀れを演出すると、イルカ先生は目に見えてしゅんと萎れた。
自分に置き換えてみて、寂しくなったんだろう。
あーもー、可愛いなぁこの人。
しばらく考えて、心が動いたみたいだ。
「狭いですよ?」
「大丈夫です」
むしろ望むところだ。
「ボロいし」
「全然気にしないから」
イルカ先生しか目に入ってないから、ボロ家だろうが豪邸だろうがどうでもいい。
「イルカ先生と一緒がいいなぁ」
そう訴えると、
「本当にあんなところでいいなら」
と許しが出た。
「ありがとう、イルカ先生。嬉しい」
感謝している風を装って、ぎゅっと抱きつく。
少し離れたところに立つ教師が呆然とこっちを見ている。肩越しに『俺のだからね』と牽制の意味を込めて笑いかけると、慌てて視線をそらされた。


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2010.10.02


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