【田舎に住もう!3】


もちろん眠る時は、布団は一つしかない。あっても敷くスペースがないから俺にとっては好都合だ。
「まだまだ寒いですねぇ」
と言いつつ、イルカ先生の肩に触ってみたりする。
「カカシさんは本当にスキンシップ好きですよねぇ」
「……ええ、まあ」
この反応は喜んでいいのか悲しんでいいのか、ちょっと判断に苦しむ。
うーん、一応拒否されないだけでもいいことだと思っていいのかね、これは。
「そういえばカカシさん、さっきあかり先生にはスキンシップしなかったですね」
どうして、と不思議そうに見つめられた。
そうくるかー。
イルカ先生が特別だからに決まっているんだが。
ここまで鈍いのもどうかと思うが、そこがイルカ先生らしいところでもあるわけで。いきなり変えようとしても変えられないだろう。
「あのね、イルカ先生。俺はこれでも一応芸能人だから、女の人に触ったとかキスしたとか噂になったら困るんですよ」
「あっ、そうですよね!」
あっさり納得されてしまうと、妙に自分の言い訳が面白くない。
いっそイルカ先生が特別だと言えば良かったかと後悔する。しかし、今さら言ってももう遅い。イルカ先生はそれで納得してしまったのだ。
「そっか。それだと寂しいですね」
いや全然、別にこれといって不自由してませんから。寂しいことは一つもない。
「じゃあ、俺にはいっぱい触っていいですからね」
にこりとイルカ先生が笑う。
マジですか!
「俺だったら男だし、家の中だったら誰にも見られないから大丈夫でしょう?」
思わぬ展開。
騙そうと思って言ったことではないから、いや少しは騙そうとしたのだけど、こういうことを意図して言ったわけじゃないからセーフだよな?
「えー、それじゃあお言葉に甘えて……」
ぎゅっと抱き締めて頬ずりすると、イルカ先生はくすぐったそうに肩を竦める。
すごい、何この棚ぼたは。触りたい放題って本当だろうか。
スキンシップ万歳!
感動に打ち震えていると、イルカ先生が口を開いた。
「あの……本当に泊まりに来てくれて嬉しいです。ありがとうございました」
ちゃんとお礼を言ってなかったから、とイルカ先生は照れくさそうに鼻の頭を掻く。
「だって約束したでしょ」
「そうですけど……」
けど?
「カカシさんが帰ってから、テレビ局の人が今度放送しますって村の人たちに説明して回って……すごかったんですよ、特に若い人たちが一目でいいから会いたかったって。村のじいちゃんばあちゃんは、そんなすごいスタァが来たのにもてなさずに帰したってうるさいし」
どうやらテレビ局の威力は計り知れないほど強く、大騒ぎになったらしい。
あれほど泊めるのを断り続けた人たちは、後悔したということだ。それくらいはしてほしい気はするが、だからといって手のひらを返すようにされてもなぁ。
とにかくイルカ先生の家が狭いのは村では周知の事実だったから、けっこう問題になったようだ。それで狭い狭いと拘っていたのか。
「こんなところに泊まったなんて嘘だろってみんなに言われて。もしかして約束したのも夢だったのかなぁなんて思ったんです」
だからまた来るなんてあるわけがない、とイルカ先生は信じ込んだ。
はっきりいってそれは洗脳に近いんじゃなかろうか。
余計なことをしてくれちゃって!
泊めてくれなかったことよりも、そっちの恨みの方が強い。
夢にされてしまったら俺の立場はどうなる。というより、俺の遠大なる計画が全部儚く消えちゃうじゃないか。
信じやすいイルカ先生のことだから、今のままでは俺なんてなかったことにされてしまう。もう週末に泊まりに来てる場合じゃない。すぐにでも引っ越してきて一緒に暮らさないと駄目だ。
「イルカ先生。俺、この家に住みたいんです!」
「え?」
「前々から田舎に住みたいって思っていたんです。こうしてこの家に泊めてもらって、どうしてもここに住みたいって我慢できなくなりました」
「でも、お仕事があるんじゃ……」
「新幹線で通えば大丈夫ですよ。みんなやってることです」
力説すると、イルカ先生はしばらく考え込んだ。
「わかりました。カカシさんがそんなに気に入ったのなら、この家を使ってください」
やった! 許可が下りた。
ん?『使ってください』?
「俺は母屋の部屋で暮らせるよう頼んでみますから」
大丈夫ですよ、と笑顔で言われた。
ぜんぜん大丈夫じゃない! だからどうしてそっちにいっちゃうんだ。
「違いますっ。イルカ先生と一緒に住みたいって言ってるんです!」
「こんな狭いところで?」
きょとんと聞き返されて、もうどうしようかと思った。でもここで引くわけにはいかない。
「イルカ先生とだから、狭くてもいいんです。慣れないところで一人で暮らすなんて無理だから、俺を助けると思ってお願い!」
いっそ好きだからと告白してしまおうかと思ったが、まだ早い。暮らす前に言ってしまって、気持ち悪いから住みたくないと拒否されたらもうどうしようもないんだから。
「そっか……そうですよね。一人じゃ心細いですもんね」
大の大人が心細いわけがないが、もう理由なんてなんでもいい。
懸命に頷くと、
「わかりました。こんなところでよければ一緒に暮らしましょう」
イルカ先生がそう言ってくれた。
今度こそ本当の許可が下りたんだと思うと、嬉しい。ゆっくりと喜びを噛みしめた。
「カカシさん、いつ引っ越してきます?」
「来週にでも」
「ええっ、本当に!?」
早いに越したことはない。
あまりの展開についていけないのか、イルカ先生は呆然としている。
「俺は、約束は守ります」
嘘はつくけど。
でもイルカ先生との約束は破らない。これは絶対。誓える。
真剣な思いで見つめると、イルカ先生は溜息をついてから少し笑った。
「じゃあ掃除して待ってます」
待っている。なんて素敵な響きだろうか。
早く引っ越して来たい。
そう考えながら、眠りについた。


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2010.10.16


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