【田舎に住もう!5】


月曜日の朝。
「カカシさん、早く起きてください」
「あと五分……」
「布団を片付けないと、ご飯が食べられませんよっ」
ぺろっと敷き布団を引き上げられ、床に転げ落ちた。
「うう。酷い、イルカ先生」
「学校に遅刻したくないから、ちゃんと起きてください」
イルカ先生の重要事項らしい。
ここで逆らうと、一緒に住むのも無しになるかもしれない。そう思わせるくらい強い態度だった。
渋々起きて朝食を摂る。まあ、朝食と言ってもあんぱんだけど。
朝から甘い物なのには参る。せめて食パンにしてもらえるよう今度お願いしてみよう。
本当は俺が起きて作ればいいんだろうけど、朝はちょっと無理そう。起きられないから。
食べ終わると、二人一緒に家を出て、それぞれ仕事場へと向かうことになる。
「じゃあ、今度の土曜日に引っ越してきますからね」
「はい、待ってますよ。いってらっしゃい」
『いってらっしゃい』と言われると、なんかもうすでに一緒に暮らしてる気分。
「いってきます」
嬉しくなって、イルカ先生の頬にキスをした。
「な、何ですか?」
狼狽えるイルカ先生が頬を押さえた。
「いってきますのキスです」
「はあ、そんなのもあるんですね」
首を傾げながらもイルカ先生が頷いた。
どうも外人特有のスキンシップだと勘違いしているようだったが、まあいい。最初が肝心だ。こっちのペースに持ち込むのが重要なのだ。
うまくいったことに満足し、機嫌良く出勤となった。


新幹線の席に座っていると、携帯が光った。
「カカシ! お前、家に居ないならそう言っとけ! 迎えに来た俺が馬鹿みたいだろうが」
「あ」
髭だ。
受話器からは、がなり声がする。
あー、会ったらまたくどくど言われるんだろうな。失敗した。
「今どこにいるんだよ」
「もうすぐ東京駅に着くから」
「はあ? 東京駅? どこか泊まりで遊びに行ってたのか?……わかった、そっちに行けばいいんだな。ったく」
ぶつぶつ文句を言いながらも、面倒見のいい奴のことだからきっと向かえに来るだろう。よかった、東京駅からどうやって事務所へ行くか迷ってたんだ。
うーん、俺って運がいいなぁ。
自分でも満足していたので、迎えの車の中でアスマに文句を言われてもあまり気にならなかった。
事務所に着くと、この前の『田舎に泊まろう』の編集が出来上がったらしい。全部見せるのを条件にしていたから、完成した映像もチェック用にこっちまで回ってきていた。
どうせならということで、社長と一緒に観る羽目になった。なにが『どうせ』なんだか俺にはよく分からないが。
俺のハンディカメラはともかく。他は望遠を使ったせいか、意外と普通の撮影と遜色ない映像だった。
この編集、なかなか腕が良い。撮ったそのままの映像をチェックしただけの時より格段に良く出来ていた。
別れの場面でイルカ先生がぐしっと鼻を鳴らす音まで入ってる。いや、もしかしたら効果音を追加してるのかもしれないが、不自然ではなかった。
可愛いなぁ。これ、絶対ハイクオリティでダビングしてもらおうっと。
うきうきとビデオを見終わると、
「これ、CGか?」
髭が阿呆なことを言う。
いったいこれのどこにCGを使ってるって言うんだ。頭大丈夫か?
呆然とする髭をよそに、社長は機嫌が良かった。
「よかったぞ、カカシ。新しい一面ってやつだ。これで好感度アップ間違いなし!」
好感度はどうでもいいけど、怪力の社長の機嫌がいいのは良いことだ。
このうちに、と例の話を切り出した。
「あのー。俺、引っ越したいんですよね」
「ほお。珍しいな、おまえが住むところに注文つけるなんて」
「まあね」
今まではどこに住もうがどうでもいいと思っていた。だって単に眠るだけの場所にたいした希望も期待もないだろう?
「で。どこが希望だ。渋谷か、南麻布もいいかもな」
「H県のK村」
「はあ? どこだ、それは」
「ほら、さっきの番組の田舎」
「ああ。……あ? なんでそこに引っ越したいんだ」
いったん頷いた社長が、首を傾げた。
「えー、そりゃあ田舎に住みたいって思ったからでーすよ」
田舎っていうか、イルカ先生の居るところっていうか。言わないけど。言ったら面倒なことになるから。
「え。お前どこのエイリアン?」
髭が横から口を挟む。
「さっきから失礼だな、アスマ」
大事なところなんだから黙ってろよ。
「だいたい一分一秒でも寝ていたいっていうお前が、田舎に住みたいなんて天変地異の前触れだろ」
そうでなければエイリアンでしかありえないと言う。
まー、今までの俺はそうだったけどね。イルカ先生に出会った俺は、生まれ変わったわけよ!


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2010.10.30


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