【田舎に住もう!6】


「ま。理由はどうでもいいんだ」
「いや、どうでもよくないでしょうが」
社長の言葉に、横にいた髭がツッコんだが、社長自身の耳には届いてないっぽい。
「それよりも問題は遠すぎるということだ。そんなところに住んだら仕事するのに不便でしょうがない」
何よりも俺に仕事をさせるのが使命、と思い込んでいるいかにも社長らしい言葉。それ以外は別にどうでもいいらしい。
ある意味潔いとも言えるが、このままでは俺の希望が却下されてしまう。それはまずい。
「や、それがね。意外と新幹線だと早いんですよねー」
「ほお?」
社長が話にのってきた。
身を乗り出した社長の重そうな胸が机の上に乗っかるのを見つつ、なんとか良い方向へ持っていこうと頑張った。なんといってもイルカ先生のために。あいや、俺のために。
車で移動して交通渋滞に巻き込まれることを考えたら、新幹線は速いし時間も正確だし、良いことずくめ。
力説すると怪しまれるから、さりげなくかつ利点をアピールせねばならない。
「しかし、新幹線は言うなれば閉じた空間だから、一般人に見つかったら面倒じゃないか? 降りたくなっても降りられないしな」
何かを決める時は必ずデメリットも確認する、という社長の信念らしい。意外と慎重だったりする。
「でも俺、街とかで声かけられたことないですよ?」
遠巻きに見つめられたりひそひそと指さされることはあっても、直接話しかけられることはめったにない。東京は芸能人が多いからそういうマナーでもあるのかと思っていたけど違うのか。
「そうなのか?」
社長の問いかけに髭が頷く。
「たぶんこいつの、声かけるなオーラが滲み出てるからじゃないかと」
たしかに面倒くさいから近寄られるのも嫌だと心の中で思っていたけど、一応口に出したことはないつもりだった。
でも良いこと聞いたな。念じていれば声をかけられないわけだろ?
「ふむ。それじゃあ通勤に関してはクリアできるわけだ」
「俺はやだぜ。そんな田舎まで毎日迎えに行けってのか」
せっかく社長が考えているところに、髭が異論を唱える。
「子供じゃあるまいし、新幹線に乗るぐらい一人でできるさ」
うるさいなと思いつつ答えると、髭が目を見開いた。
「お前が? どんな大事な時でも平気で遅刻するお前が!? 無理だろ」
「いやホント、大丈夫だって」
イルカさんと暮らしていると、必然的に朝起こされるもんね。遅刻はしないでしょ。
通勤中は寝てればいいし、終点までだから寝過ごす心配もない。
「なるほど。つまり、そこに住めば仕事も真面目にやる、と。そういうことなんだな?」
「ええ、そりゃもう」
ここが正念場。にこやかに頷いてみた。
「社長。これは絶対、宇宙人に攫われて洗脳受けたんですよ!」
髭の野郎が叫ぶ。
こいつ、本当に余計なことばかり言うな。っていうか、まだ宇宙人とか言ってるのか。アホなんだろか。むしろ攫われた実体験者じゃないの、と思っていたら。
「そうかもしれん」
社長が同意する。ええっ、そりゃあんまりだ。
「が、真面目に仕事するなら洗脳を受けていようがどうしようがかまわん! 問題はない」
「太っ腹すぎるな、うちの社長……」
高らかに宣言されて、髭が頭を抱えてソファに沈む。
俺としては会社の許可が下りたわけだから、納得はいかないけど結果オーライ?
俺も細かいことは気にしないことにした。問題なしだ。
なんとか希望が通ったことに安堵し、早くイルカ先生に会いたい気持ちが猛烈に強くなった。今日は帰ったら引っ越し荷物をまとめようと思った。


つづく
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2010.11.20


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