【田舎に住もう!17】


もちろん俺も驚きはした。
が、かろうじて叫び声は出さなかった。そこは一応プロだ。
まあ、イルカ先生が驚きすぎて自分が驚いている暇がなかったというのも一因だが。
「ね、ね。ちょっとやってみようよ。面白いよ、きっと」
監督は有名なだけの頭の固い人間とはちょっと違っていた。思い切りが良く、仕事をよりよく仕上げるためならば手段はさほど気にしない柔軟な人であった。
今回のコンセプトに二人ともぴったりじゃないか、ぜひ撮影したいと言う。
その魅力的な提案に俺は飛びついた。
だってイルカ先生と一緒に撮影なんて機会、そうそうあるもんじゃない。これを逃してなるものか。
「でも……」
しかし、イルカ先生は違った。慣れないことへの不安と戸惑い、大勢の人の前に押し出されることにあまり乗り気ではなかった。
すぐさま断ってしまうかと心配したが、あのモデルが仕事放棄したのは自分のせいだと思い込んでいるせいで責任を感じているようだった。責任云々はまったく気にする必要はないが、そう言い切ってしまうと撮影が断られてしまうだろうというジレンマ。
そのため俺はあまり口を挟めずにいた。
「もちろん顔を出すのが嫌だったら、顔がはっきり映らないよう後で調整するよ」
監督が自信ありげに請け負った。
プロだからそれくらいはできるのだろう。そうすればイルカ先生だって職場や村の住人達にバレて困ることもない。
「だからぜひお願いしたい。はたけ君の魅力を引き出すために協力してくれないか」
監督の説得は功を奏した。
イルカ先生は自分はおまけであってただ単に撮影に協力するだけ、という提案に納得できたようだ。
さすが監督、ナイスフォロー。
俺はお礼に『くつろいだ休日』とやらを全力で表現するとここに誓おう。



「好きなように動いてください。あとで編集するので」
そう言われてセットの中に放り出された。
セットはマンションの一室を再現していて、広々としたリビングと奥の方にはダイニングキッチン。でかいテレビとソファーまであって、生活感はないがお洒落感はふんだんにあった。
カメラは随所にあり、多方面から撮影できる仕組みらしい。
こんなのでイルカ先生は大丈夫かな?
自由に動くというのは意外と難しい。特に慣れてない素人さんには。
むしろどこに立ってどう動くと指示された方がある程度動きやすいと思うのだけど。
「アクション!」
掛け声がかかってカメラが回り始めたが、案の定イルカ先生はその場に固まったままだった。
どう動いていいのかわからないのだろう。いや、動くという概念自体忘れているのかもしれない。
「イルカ先生、イルカ先生」
名前を呼ぶと、不自然なくらい固い動作で振り向く。ギギギと音がしそうだ。
「大丈夫。普段通り動けばいいよ。周りに見てる連中はかぼちゃか何かだと思えばいいしね」
「かぼちゃ?」
「うん。きゅうりだってなすびだっていい。そう考えたら気にするほどのことじゃないでしょ」
「そう言われても……」
戸惑うイルカ先生はなかなかそう思えないらしい。
「それでもどうしても気になるんだったら、俺だけ見ていればいいよ。ね?」
むしろその方が俺は嬉しい。
そう言うと、硬い表情だったイルカ先生にちょっとだけ笑みが戻った。
「じゃあ、探検しましょう」
「探検?」
「そう。知らない部屋に来たんだから、まずは探検でしょ」
笑ってキッチンを指差すと、ええ?という声が返ってきた。
「だって、セットじゃ……」
「あの監督、けっこう凝り性らしくて、たぶん本当に生活できるくらい物が揃ってると思うよ」
冷蔵庫を開けると、予想通り食材が詰まっていた。
「ほらね」
「わぁ」
イルカ先生が顔を輝かせた。
子供みたいに喜びを隠さない姿に思わず笑みが漏れる。
「何を飲みます?」
「え」
飲んでもいいの?という眼を向けられ、頷いた。
「今なら選びたい放題ですよ」
「えっと、それじゃあ……」
イルカ先生はコーラを選んだ。
「自分じゃ買わないから憧れてて」
恥ずかしそうにはにかむイルカ先生はすごくすごく可愛かった。



その後、もはや撮影というのも忘れて思いきり楽しんだ。イルカ先生も最初の硬さがとれて終始自然体だったのもよかった。
りんごを剥いてお互いに食べさせ合ったり、ソファーでじゃれあったり。
楽しそうにするのが撮影の目的です、とか言えばイルカ先生は普段してくれないようなことまで張り切ってくれた。
天国か、ここは。
感動に打ち震えているうちにあっというまに時間が経って、「カーット」の掛け声に憎しみを覚えたほどだ。
「すごくよかったよ! はたけ君のあんなとろける様な笑顔は初めて見たなぁ」
監督がご機嫌で近寄ってきた。
もちろん俺もご機嫌だ。こういう仕事なら毎日あってもいい。本気でそう思った。
本日の撮影は終了と宣言され、スタッフたちも笑顔になる。気難しい監督じゃなくてよかった、という安堵が伝わってくる。
そこへ爆弾が投下された。
例のモデルがマネージャーに連れられてやってきたのだ。
どう見ても泣き明かしたと思われる腫れ上がった瞼。ぶすくれたままの頬。私は悪くないわ的な臭いがぷんぷんするが、一応謝りに来たらしい。
周りは固唾をのんで見守る。
「あの、監督……」
「いやあ、君のおかげで良いCMが撮れたよ。ありがとう!」
監督が本気で感謝していると分かる笑顔で言った。
一瞬モデルは何を言われたのか分からずぼんやりしていたが、みるみるうちに頭に血が上っていくのが遠目にも分かった。
君が出演しなかったおかげで良いものが撮れた、よかったよかった。そう言われたのだ。プロとしてあるまじき評価。
「君だとこういうのは撮れなかっただろうからね!」
無邪気な言動にモデルの頬は明らかに引き攣った。
でも仕方がない。放棄したのは自分なのだから。
面と向かって罵倒されなかっただけでもありがたいと思うといい。
「あの、次は必ず……!」
モデルが意気込んで言うと。
「まあ、もう二度と君を撮ろうとは思わないから安心していいよ」
ははは、と爽やかに言われた内容は意外と辛辣なものだった。
つまり次はない、とはっきり言われたのだ。
マネージャーが顔色を変えて監督の腕に縋ろうとしていたが、もう取り合ってもらえそうになかった。モデルの謝罪も聞く耳持たずでスタジオを出て行った。
見た目はまったくの上機嫌だっただけに、残されたスタッフ一同は顔を見合わせた。
けっこう怒ってたんだな、あの人。
いやでも、機嫌は本気でよかったみたいだけど? なんか不思議な人だったな。
明日は別のバージョンを撮影するというので、今日は解散となった。


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2011.10.29


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