【ひとめ会ったその日から3】


ペラペラのいかにも病院着に見えるこの上下に着替えるのだそうだ。
差し出された青緑色の服を受け取ってから、はたと気づいた。
いきなり着替え?
え、イルカさんと一緒に?
ただのロッカールームで仕切も何もないここで?
そんな、心の準備が!
いやいや俺は純粋に恋してるわけであって、裸を見たいとかそういう邪な考えを持っているわけじゃない!
などと拳を握っているうちに、イルカさんは着替え終わってしまったようだ。
早い。
そうか、そうだよな。健診に慣れてるって言ってたから着替えも早いんだよ。
なんてことだ、ぼんやりしているうちにせっかくのチャンスを。
いや、見たかったわけではない、決して!
誰にともなく心の中で言い訳する。
「カカシさん、着替えるの遅いですね」
にこにこと無垢な笑顔でそう言われると、なんとなく後ろめたさも相俟って、
「すっ、すみません!」
と謝り倒すしかない。
こんなに謝ったのは新人の時営業でポカをやった時以来だろうか。
「今すぐ着替えますから!」
「そんなに急いで脱ぐと服破れますよ」
くすくすと笑われながらも速攻で着替えた。
「おっ、お待たせしました」
こんな息が切れるくらい真剣に着替えたことがいまだかつてあっただろうか。いやない。
とにかく最初が肝心。真面目で信用できる人間だとアピールしていきたいところだ。
バインダーに挟まれた問診票を片手に、二人で歩く。
まずはちょっとした会話から。
そこから徐々に仲良くなる計画だ。
「それにしてもこの検査着、つんつるてんですね。格好悪いなぁ」
これは本当にそう思っている。
ズボンもどきを指で摘むと、さらに短く見える。ホントにカッコわるい。
格好悪く見せてイルカさんに嫌われろという病院の策略かとさえ思った。いや、そんなはずはないのだけど。
「そうですね。ちょっと短いみたいだ」
「イルカさんはぴったりのサイズだから羨ましいな。俺、サイズ間違えたみたいで。LLにすればよかった、これLなんですよ」
苦笑いしながらそう言うと、イルカさんの笑顔が少し強張った気がした。
え、どうしたんだろう。何かおかしなこと言ったかな。
「……俺もLです……」
「え」
しんとした空気。
訪れる沈黙。
同じサイズだったなんて。
身長はたしかに俺の方がほんの少し高いのだけれども。かと言ってそれほど差が出るほどではないはず。しかし実際並んでみると差は歴然だった。
気まずい。非常に気まずい。
馬鹿馬鹿、俺の馬鹿!
これじゃあまるで俺が足の長さを自慢してるみたいじゃないか!
どうしようどうしよう何と言って謝ろう、いや逆に謝ったら嫌みなヤツと思われる!?とオロオロしているうちに看護師に呼ばれ、イルカさんはイルカさんで他の看護師に呼ばれ。引き離されてしまった。
ああ、もう。この大事なときに!
「この上に裸足で乗ってください?」
身長計の前に立つ看護師が注意を促すが、心は焦って仕方なかった。
まあ、言ってしまったものは仕方がない。
少し時間が経てば気まずさも薄まるかもしれない。というか、希望。
諦めて、この検査をさっさと終わらせてしまおうと思った。言われた通り台の上に乗っかる。
そういえば身長・体重を計測するはずなのに、どうして身長計しかないんだろう。
細い柱に背中をつけてぼんやり考えていると、ピピッと電子音が聞こえる。
機械から出てきた紙片を問診票に貼り付けられ、はたと気づいた。
あ、あれは体重計も兼ねていたのか! 驚き。大発見。
そうか、そりゃそうだよねぇ。両方計れれば能率アップ。へぇ、面白い。
いや、感心してる場合じゃなかった。そんなことより大事なことがあるだろ!
しかし、ふと視界に入ってきた数字に手が止まる。
「あ。身長2cm増えてる」
「え、ホントに?」
思わず呟きが口をついて出た途端、俺の手の中の問診票を覗き込まれた。
突然のことにぎょっとして飛び退こうとしたが、かろうじて留まる。
しかしそれが黒髪の誰かさんだと認識すると、想像もしてなかった行動に硬直した。
「すごい! この歳で2cmも増えるなんて」
イルカさんの無邪気な笑顔にまたまた見惚れる。
わ、可愛いなぁ。
さっきのは水に流してくれたのか、身長が増えてるならサイズも違っててOKってことになったのか、よくわからなかったが、とりあえずもう怒ってないということはわかった。
安堵の溜息を、相手には気づかれないようそっと吐き出した。


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2007.01.27


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