【ひとめ会ったその日から9】


次は聴力検査と視力検査だった。
聴力の方は電話ボックスのようなものに入り、さらにヘッドホンを被せられる。
ピーピーという音を聞くと自分がコウモリになった気分になるが、問題なく検査は終わった。
少し手間取ったのが視力検査だった。
「コンタクトはしておられますか?」
看護師にそう聞かれる。
「いいえ」
「では左の方をこれで覆ってください」
黒いおたまもどきを渡される。まずは右目から検査だ。
上から下まで輪っかの穴が開いている方向を言っていく。
順調に下までいき、最後の段だけぼやけていたのでそう言うと、次は交代して左目の検査となった。
しかし、さきほどの順調さはどこへやら。
輪っかがぼやけたり穴がグルグル回ったりして答えられない。
結果は右1.2、左0.4。
左は常日頃から見にくかったが、更に悪くなっていた。ちょっとショック。
「ひどいガチャ目ですね」
イルカさんが心配そうに俺の問診票を覗き込んでいる。
「片方が悪いともう片方も悪くなってしまいますよ。メガネとかコンタクトレンズはしないんですか?」
「メガネだと片方の度だけ強いとクラクラ眩暈がするし、コンタクトは目の中に異物を入れる勇気がないんですよねぇ」
そう、メガネも度数を測って作ったことはあるのだ。
だが結局うまくはいかなかった。ああいうものは慣れかもしれないが、メガネで見ると眼の奥のあたりが痛いわ、頭がぐわんぐわんするわで、気持ち悪くなってくる。どうもよろしくない。
結局家のどこかに置きっぱなしで使わず終い。見えないときはちょっと目を眇めてみたり左目をつぶったりして、なんとか暮らしている。
片目で見ていると遠近感も狂うし立体感もあまりない。が、脳みそがなんとか右と左の情報を調節して捉えてくれるので不自由はなかった。
しかし、目は確実に疲れやすいと思う。現に視力は低下している。
正直にそう言うと、イルカさんは頷いた。
「やっぱりコンタクトレンズにした方がいいですよ。あれだと片方だけ買えばいいし、眩暈なんかの違和感はあまりないって言いますから」
「コンタクト、ですか……」
そう、一度は検討してみたことはある。使ってみれば便利らしい。しかし、どうも直接目の中に何かを入れるというのが気に入らない。そんな理由で二の足を踏んでいる。
渋る俺に、イルカさんは不同視の不便さと弊害を並べて説得しようとしている。その勢いに驚いた。そこまで気にされることだとは思ってなかったからだ。
「どうしてそんなに熱心なんですか?」
「実は弟の一人が今視力回復センターに通っていて。視力は大切ですよ」
視力回復センターってちょっと胡散臭いアレかぁ。
子供は比較的効きやすいらしいが、大人はほとんど無理って話だし。仮性近視しか行かないものだと思っていたから今まで興味はなかった。
「そんなことないですよ! これ以上視力が悪化しないように通ってる人もいますよ。良い先生だから紹介しましょうか」
「え」
イルカさんの弟は学校が終わってから通っているので、帰りは迎えに行く事が多いのだという。
紹介してもらうってことは、必然的に会う機会が多くなるってことだ。
「ぜひお願いします!」
一も二もなく返事をする。
廊下を歩きながら、
「紹介して貰えるだけでも嬉しいんですけど、一人だと不安なんで一緒に行ってもらえませんか」
などと姑息にも強請ってみると、あっさりいいですよと言われ慌てて約束を取りつける。
目が悪くてラッキーだと思ったのは今日が初めてだ。
廊下を歩く足取りも軽い。気持ちも浮き立つ。
そこへ。
「カカシ!?」
擦れ違いざま突然と名前を呼ばれ、咄嗟に反応できなかった。


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2007.04.07


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