【魔術師の恋5】


 屋敷へ帰ると、さっそくイルカさんはじじいに呼ばれていた。片時も離さないつもりか、じじいめ。と腹を立てていたら、しばらくして俺まで呼ばれた。
 部屋には三代目と五代目とイルカさんの三人が待っていた。どうやら俺が殴ってしまった件らしい。
 イルカさんから報告したのかと思っていたら、わざわざ相手方がじじいへ抗議してきたらしい。なんて面の皮の厚い奴らだ。
「先方は、お前がいきなり殴りかかってきたと言っている。本当なのか?」
 あくまで俺を貶めて潰したいのが明白だった。
 しかし、本当のことを言えば陰口の内容まで説明せざるをえない。それは絶対嫌だから、俺が手を出したことにして謝罪すればいいのなら、それでもいいと思った。たとえそれが相手の思う壺でも。
「先に手を出したのは俺です」
「理由は?」
「えーと、むしゃくしゃしてたから」
 いい加減な理由でじじいが納得しないのは百も承知で、それで押し通すことにした。
「本当にそれが理由か?」
「はい」
「……そうなるとお前を破門せざるを得なくなるぞ」
  謝罪だけではすまないらしい。そんな地位のあるマジシャンには見えなかったが、高名な師匠の弟子なのかもしれない。それに加えてじじいの思惑もあるのだろう。
 しかし、今さら引くに引けなかった。
 火影の弟子に未練はまったくないが、イルカさんと一緒に暮らせなくなるのは非常に残念だ。でも、俺がここにいないことで妾がどうだの乗り換えただのと言われなくなるならいいと思った。
「はい、わかってます」
 たいした荷物もないから、今日出て行けるなぁと思っていたところへ、急にイルカさんが声を張り上げた。
「三代目、お願いがあります」
「なんじゃ。カカシを許して欲しいとかいう願いは聞けんぞ」
「俺も破門にしてください」
 きっぱりと言われた言葉に、息が止まるくらい驚いて狼狽えた。
「イ、イルカさん。何もそんなこと……」
「一緒に行ったんですから、俺にも責任があります」
「で、でもね。イルカさんはあの場に居なかったわけだし」
「カカシさんが殴った理由は知りませんが、それだけの理由があったはずです。それを向こうは謝罪だけ要求してくるなんて納得いきません」
 まさかイルカさんがそんなことを言い出すなんて思ってもみなくて。でも、一緒に出て行けたら二人で何をしようと自由だと喜ぶよりも先に、そんなことはさせられないと思った。ナルトもじじいいもイルカさんにとっては大切な人間で、家族のように暮らしているこの場所を失うなんて、辛い思いをするだけだ。あとで必ず後悔する。
 どうしたら考え直してもらえるのかと頭を抱えているときに、ナルトが駆け込んできた。
「カカシ先生もイルカ先生も、どっか行っちゃうの!?」
 きっと扉の向こうで盗み聞きしていて、話の流れに驚いて思わず身体が動いてしまったのだろう。じじいの横まで転がるように辿り着いて、ベッドカバーをぎゅっと握りしめた。
「なんでだよ。悪いのはあっちの方だろ!じいちゃん!」
 じじいが何も言わないでいると、ナルトはさらに言い募った。
「あいつら悪口ばかり言って。カカシ先生がやらなくても俺が殴ってたってばよ!」
「なんじゃと?」
「酷いこといっぱい言われたんだからな。四代目を殺したのはカカシ先生だとか、イルカ先生はじいちゃんの『メカケ』だとか……」
「馬鹿、ナルト。黙ってろって言っただろ」
「だって! 悪いのはあっちなんだから、黙ってるカカシ先生は間違ってるってば」
 ナルトはとにかく自分たちは悪くないのだから折れる必要はないと主張する。俺たち二人が出て行ってしまうのを阻止したい一心なのかと思ったが、必ずしもそれだけじゃなくて、憤っているのは本心からのようだった。
「よくわかった」
 じじいがそう言った。
「カカシ、今回の件は不問じゃ。よって、カカシもイルカも出て行く必要はない」
「ホントに? じいちゃん!」
「本当だとも」
 瞳を輝かせて喜ぶナルトに、じじいは笑顔で頷いた。
「先方には抗議しておく」
 それを聞いてナルトは安心したのか、満面の笑みで部屋を出て行った。
 ナルトが完全に遠ざかったのを確認した後、じじいが言った。
「まったく。最初から理由を言えば、ここまで苦労はせんかったわい」
「三代目……」
 イルカさんが苦笑しながらじじいを宥めている。
 なんだか話の流れがおかしい。じじいが一体何を苦労したのかとか、イルカさんまで破門はおかしいだろうとか、頭の中をぐるぐる回っていた。
「あ!」
 もしかして。
「こういうことでもせんと、お前は絶対口を割らんだろうからな」
 得意げなじじいに、開いた口がふさがらなかった。
 騙された。俺が言わないのを見越して、ナルトが言わざるを得ない状況に持ち込んだんだ。俺だけならともかく、イルカさんまで屋敷を出て行くとなったら、ナルトが黙っているわけがない。
 それじゃあ、イルカさんが俺を庇って出て行くと聞いて、心の奥底ではちょっぴり喜んだ俺の立場はいったい。いやいや、本気でイルカさんの心配した俺の立場は?
「カカシさん、騙すつもりはなかったんですが……」
 申し訳なさそうな視線を向けるイルカさんに、この怒りをぶつけるわけにもいかず、
「いや、まあ……はは……」
と、わけのわからない返事をして誤魔化した。
「カカシよ。お前は普段は一言多いくせに、肝心なときに口をつぐむ癖は治っとらんな」
 じじいに何か言ってやろうと思ったが、イルカさんが見ている前では、結局何も言えないままだった。イルカさんと五代目と共に、大人しく部屋を退室するしかなかった。


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