【魔術師の弟子2】


先週、初めて会った客が来るのを待つ。
それは意外と難しいことを、待つためにずっと立ち尽くしていて思い知った。
同僚の情報に寄れば同じ時間に来ると言うが、このホテルのカジノ内でブラックジャックのテーブルなど何台あるというんだ。
同僚も言っていたではないか、『みんな自分のテーブルにくるのを楽しみにしている』と。つまり、どのテーブルにくるかはわかっていないのだ。たとえフロア内で見かけたとしても、自分のテーブル上でもないのにディーラーから客に声をかけることはできない。カジノではそういう規則だ。
そのことにようやく気づいた。
馬鹿じゃないのか、俺は。
そんなこともわからないで舞い上がっていた。ぜんぜん冷静じゃなかった。
だってあれ以来、寝ても覚めてもあの人のことばかり。思い浮かぶのは黒い瞳。手ばかり見つめていたあの瞳。
たぶん恋をしていた。いや、間違いなく。
思い出しては頭を掻きむしりそうになってみたり。わけもなくビルの隙間から見える空を眺めてみたり。
ただ今日のこの時間がくるのを待ち望んでいた。会えると思い込んでいたから。
しかし現実は本当に会えるかどうかすら怪しい。確率は限りなく低いような気がする。
そのうえ名前すら知らない。
捜そうにも情報が少なすぎた。
落ち込む暇もなく、カジノに来る脳天気な客達は早くカードを寄こせと五月蠅い。適当な愛想笑いで応え、定められた手順でカードをシャッフルして配り続けなくてはならない。陰鬱で面白くもない仕事だ。
客が途切れた時に、もう嫌になって帰ろうかと思った。
もうここまで待っても来る様子もないなら駄目なのだと。溜息をついて帰り支度をしていると、遠くにちらりと黒髪が見えた気がした。
はっと意識を集中すると、それはやはりあの人だった。
きょろきょろと辺りを見回しているのは誰かを捜しているのだろうか。
そう思った瞬間、目が合った。ぱぁと顔を輝かせて寄ってくる姿が信じがたかった。
もしかして、俺を捜していた?
心臓の音がバクバクと鳴って、周りに聞こえるんじゃないかと心配になる。
相手の手にはまたしても5ドルチップをきっかり2枚握りしめられていて、今日はもっと時間を長引かせようと決意している自分がいた。
カードを配る手をじっと見つめている。真剣に。
やっぱり手フェチというのは本当なんだ。
存在を認められる自分の手に嫉妬しながら、たまにちらりと俺の顔を見る仕草にドキドキする。気にしてもらえているという事実に勇気づけられて、口を開いた。
「お客様のお名前は?」
自然に、自然に。
そう自分に言い聞かせながら、ディーラーが名前を聞くこと自体が自然な行為じゃないことぐらいわかっていた。しかし、そんなことは気にしている暇はない。今聞かなければ、次いつ会えるかなどわかったものではないのだから。
せめて名前だけでも知りたい。でも教えてくれるだろうか。
「イルカです。うみのイルカと言います」
俺の心配を余所に、にっこりと笑いながら答えてくれた。
そうか、うみのイルカというのか。なんだか似合っている名前だ。
イルカさん。その響きを口の中で転がしてみて、一人悦に入った。
「あ。俺、俺の名前は……」
そういえば、人に名前を聞いておいて名乗らないとは失礼な話だ。慌てて名前を言おうとした瞬間。
「はたけカカシさん、ですよね?」
「えっ」
なんで俺の名前を?
あまりの衝撃に、つい手を滑らせて悪い目のカードを配ってしまった。失敗だ。
あっさりとゲームは終了し、疑問を聞き返す暇もなくイルカさんは席を立った。
「ありがとうございました。また来ます」
俺は、ぺこりとお辞儀をして去っていく後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。


●next●
●back●
2004.06.26


●Menu●