【魔術師の弟子4】


着替えてから行列が連なるパン屋の前に直行すると、イルカさんはもうすでにパン屋の袋を抱えて待っていた。
こんな時俺が愛読する本の中ならば、
『待った?』
『ううん。今来たところ』
なんて言うんだけどな。
そんな想像をしながら、出てくる言葉はもちろん普通だった。
「遅くなりました」
「いいえ。行きましょうか」
「はい」
案内をするように半歩先をいく黒髪の後について人混みを歩く。
パン屋の袋を抱えたイルカさんと共に歩くのは楽しい。まるで恋人とのデートのようで。
荷物を持ちましょうかと提案しても、「大丈夫です。これは俺の仕事ですから」と言って譲ってくれなかったのは残念だったが。
どうやら今から会いに行く人物が食べるブリオッシュらしい、と推測する。
その人のためにパンを買って、その人のために俺を連れて行く。そう考えると、なんだか胸の奥がちりちりする。
でも今は、一緒に歩いていることだけ考えよう。その方がきっと楽しい。揺れる馬の尻尾を眺めてながら、歩調を合わせて歩いた。


想像していたよりも大きなお屋敷に連れられて行き、ある部屋まで案内された。
ここがこれから会う人物のいる部屋なのだろう。
イルカさんがコンコンとノックして中を窺う。
「三代目。カカシさんをお連れしました」
三代目ってもしかして、じじい!?
中から応えが返ってくる。入れと言う。
イルカさんが開け放った扉の向こうには、たしかに見覚えのある顔があった。昔からあまり変わっていない。いや、少し皺が増えただろうか。
いやいや、そんなことはどうでもいい。
「久しぶりじゃな」
俺は部屋に入ることも忘れて立ち尽くしていた。
じじいに声をかけられ、このまま回れ右で帰ってしまおうかと思わないでもなかったが、イルカさんが心配そうに見つめてくるのがわかったから、諦めて渋々部屋へ入ることにした。
「出て行ってから、もうかれこれ12年にもなるか……」
「そんなに経ちましたっけ」
後頭部をガリガリと掻いて思い出そうとしたが、よく覚えていなかった。あれから何年経ったかなど数えてない。
「うむ。ナルトがもう12才だからの」
「へぇ」
12年も経ったと言われるよりも、あの小さい赤ん坊が12才になったと言われた方が月日の流れを実感できた。
「今はカジノで働いているんだそうな」
「あー。まあ、そうですよ」
きっとイルカさんから伝わっているのだろう。嘘をついても仕方がないので、大人しく肯定する。
「カカシよ。戻ってこんか」
「…………」
「せっかくの腕をディーラーなんぞで終わらせるのは惜しい。お前もそんな暮らしに満足しとるのか」
「そりゃあ、俺だってあの頃みたいに何が何でも嫌だと言ってるわけじゃないけど、今さら手が動きませーんよ」
「イルカに聞いた話じゃあ、腕が落ちてるわけでもないようだ。しばらく練習を続ければ問題ないだろう」
「『マジックマスター火影』の称号なんて誰かに適当にくれてやればいいじゃないですか。欲しがるヤツはいくらでもいるでしょ?」
じじいは有名な手品師だ。
なんでも『マジックマスター火影』とは、最高の手品師の与えられる称号だそうだ。目の前にいる人物が三代目にあたる。
俺はその昔、四代目の弟子だった。先生が死ぬまでは。
「そんな!カカシさんは『火影』を目指したりしないんですか?」
イルカさんが意気込んで尋ねてくる。
「イルカさんって、もしかして……」
恐る恐る訊ねてみる。ここまで来ていながら、まさかそんなという考えがまだ拭えないでいた。
「はい。俺は、光栄にも三代目に弟子入りさせてもらっています」
じじいの弟子だったのか。
道理で俺の名前を知っていたわけだ。だからカジノでのトランプカードも見抜いたのか。
そんなことをぐるぐると考えるのに忙しく、火影がどうだのということには構っていられなかった。


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2004.07.10


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